御垂示録14号 *家族の犠牲/御神体に斑点/集団浄霊/観音さんは融通無碍/自然農法(御垂示録14号 昭和27年10月1日⑤) 座敷牢に入れるとか病院に入れるとか、しかるべくした方が良いです。そうしてその子供を一人犠牲にするという肚になる事です。 御垂示録14号
光 自殺者の無責任(光45号 昭和25年1月14日) 自殺行為は無責任極まるものであり、卑怯ひきょう者であるという事を強調し、聊いささかの讃辞など与えないよう特にジャーナリスト諸君に警告したいのである、本来宗教的からいえば死人に鞭打つ事は宜よろしくない事ではあるが、今後出るであろう自殺者を未然に防ぐ意味から、敢あえて自殺の不可を注意したのであるから、死者の霊も又満足すると思うからである。 光
御垂示録7号 *事故死/夫婦の繋がり/教師の死/神兵/救われない神様が沢山いる(御垂示録7号 昭和27年2月⑤) 神様が、霊界で段々解って来る。それで人間が救われて来るんです。今の産土さんも、今迄救われないから、救われたい為に――霊界では知ってますから、医者や薬をと注意していたんです。 御垂示録7号
御垂示録6号 *現界の昼間/身代わり(御垂示録6号 昭和26年7月1日①) 之からは信者の中で命をなくすのが、ちょいちょい出ますよ。どうしても神様の――段々、つまり洗っていくからね。どうしても、穢れてる者はしょうがない。 御垂示録6号
天国の福音 生と死 (天国の福音 昭和二十二年二月五日) 仏教においては人の死を往生という。これは現界からみれば往死であるが、霊界から見れば生れてくる、即ち往生である。また死ぬ前の事を生前というのも右の意味に外ならないのである。そうして人間は霊界における生活を、何年か何十年何百年か続けて再び生れるのである。斯くのごとき生き代り死に替り何回でも生れてくるので仏語に輪回転生とはこの事を謂(い)ったものであろう。 天国の福音
教えの光 症状が映る理由、臨終を知る法、長寿の秘訣『教えの光』(4、浄霊および信仰上の問題)昭和二十六年五月二十日) は頭を使うほうが長生きする。使わぬほうが早死にである。神が人間に与えてある頭脳を、できるだけ使うほうがつよい。心配で頭を使うのはいけない。また嘘をつくと始終気が咎めるから早死する。 教えの光
教えの光 赤ン坊の霊、北枕の意義 『教えの光』(3. 霊及び霊界の問題)昭和二十六年五月二十日 北とは言霊学上気足(きた)で、即ち霊が満ちている事で磁石が北を指すのもそのためである。従而、体は南へ、霊は北に属する。これが原則である。故に生きた人間とても北枕にしたほうがよい 教えの光
岡田先生療病術講義録 真の健康法/生と死/健康の種類『岡田先生療病術講義録』上巻(三)昭和11(1936)年7月 この理によって、第一種健康者たらんとするには、どうしても浄化作用を充分徹底させなければならない。それは物質の力を借りないで自分自身の自然力即ち霊的療法で以て治す、それより外にないのであります。 岡田先生療病術講義録
信仰雑話 東洋と西洋 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日) 天地間凡ゆる物に、陰と陽のある事は誰知らぬ者もない。そうして私は此陰陽を経緯(タテヨコ)に別けてみるが、陽は経であり、陰は緯である。この経緯を左に分類してみよう 信仰雑話
メシヤ講座 [メシヤ講座] “心臓停止” と “脳死” の違い 2012年12月①メシヤ講座大阪(私達の学び目からウロコの内容より) 脳死は死ではない。脳死というのは、脳というのは我々にとって何のためにあるのかというと、思考、・・まぁ一番、心の場合は、我々が考えたりいろいろ思ったりする時に使う臓器が脳であって、魂自体は心臓が止まるまでは抜けないのでね。脳死の段階で魂は抜けない。 ホームメシヤ講座