支那美術

御垂示録13号

*敦煌の絵/大きい邪神ほど善(御垂示録13号 昭和27年9月1日②)

とにかく医学が邪神の一番成功したものです。それを今度は『文明の創造』ですっかり書いてあります。九分九厘と一厘というのはそういうわけです。医学というのは人間の生命を握るのですから、医学に全部生命を握られているのです。それを私が離そうとしているのです。九分九厘を一厘で引っ繰り返そうとするのです。二千年以上かかってこうしたのですが、それを一遍にして引っ繰り返すのですから、驚天動地の場面でしょう。その小手調べとして『結核信仰療法』をやっているのです。その内に『文明の創造』をやるのです。『文明の創造』を世界中に行き渡らせて、それから世界の大破壊となるわけです。
栄光

美術品の集まる理由(栄光177号 昭和27年10月8日)

之こそ霊界に於て其作者は勿論愛玩していた人、其品物に関係のあった人等の霊が、大いに手柄を立てたいと思い、適当の順序を経へて私の手に入るように仕向けるのである。何故なれば其功績によって救われ、階級も上るからである。言う迄もなく僅わずかの期間で之程の美術館が出来たというのも全く右の理由によるのである。考えてもみるがいい、今日迄財閥富豪が一世一代掛って漸く出来る位の美術館が、瞬く間に出来たとしたら、到底人間業でない事が誰が目にも映るであろう。
栄光

東洋美術雑観(4) (栄光170号 昭和27年8月20日)

支那美術としては一番陶磁器が古いらしく、今から四千年前既に相当なものが出来ている。其中で今日残っているものにアンダーソンというのがある。之はアンダーソンという学者が発見したもので、其名があるという事だが幸いにもこの陶器の大壷が手に入り、本館へ出してあるからみれば分るが、其様な古い時代に、斯んな好いものが出来たというのは、到底信じられない程である
栄光

東洋美術雑観(2)(栄光167号  昭和27年7月30日)

十九世紀の半ば頃と思うが、光琳を最初に発見したのは仏蘭西フランスの一画家であった。この画家が初めて光琳の絵を見るや、俄然驚異の眼を瞠みはったのである。というのはそれ迄ヨーロッパに於ては、長い歳月続いて来た彼のルネッサンス的美の様式が極度に発達し、就中なかんずく絵画に至っては写実主義の頂点に及び、行詰りの極きわみどうにもならなかった
御教え集12号

御教え *「無信仰時代」/「東洋美術雑観」(御教え集12号 昭和27年7月7日②)

一番面白いのは、どうせ新宗教がそんな生意気に美術館をこしらえたところで、大したものではない。どうせ古臭い宗教的な物でも出すのだ位にしか思っていなかったのですが、実際に見るとびっくりしたのです。全然宗教の臭いはないし、美術館として本当に世間に無い様なものを造ったのですから、ただ本当に驚く他ないという状態です
御教え集12号

御教え*「東洋美術雑観」紹介(御教え集12号 昭和27年7月5日③)

これはいずれ小冊子にして美術館に来た人達にやろうと思ってますが、それを書き始めたのです。これは品物や何かについて、一つの予備知識として知って置く必要がある。これは書き始めですが、書けただけを読ませます。
御垂示録11号

御教え *日本美術の紹介機関/古美術(御垂示録11号 昭和27年7月1日②) 

あって良いどころの騒ぎではなく、なくてはならないんです。何しろ日本美術の紹介機関というのがないんです。それと位置が変な所にあっては嫌です。外客は来ないです。箱根はその点は良いです。
御垂示録11号

御教え *美術品(御垂示録11号昭和27年7月1日①) 

支那陶器を褒める人は確かです。他の人は分からないんです。けれどもあれ程分かっていても青磁は分からないです。青磁というのは難しいです。日本に青磁の分かる人はないです。みんな意見が違います
御教え集11号

御教え *医学が病気を作っている根本/美術(御教え集11号 昭和27年6月5日②)

有名な虚堂きどうという人のがある。観音さんの絵を私は持ってますが、これは実に上手いです。これは字より上手いくらいです。あまり習ったとは思えないですね。やはり字が上手い――上手いという事は、それだけ行が積んで魂が偉くなっているから、そういう人のは字を書いても絵を画いても同じにいくんですね
御教え集7号

御教え*日本美術(御教え集7号  昭和27年2月7日③)

日本美術と言うものは見られないんですよ。日本美術を見せる処は一つもないんです。それで、日本は世界の美術国であり、日本人は非常に美術に秀すぐれていると言っても、出来た物を見られないとしたら、おかしな話です。ですから、外国人でも日本美術は知らないんですよ。見た事がないからね。