[メシヤ講座] 救世(メシヤ)教の聖書でもあり、世界の宝典として・・・ 特選集平成24年3月分② (私達の学び目からウロコの内容より)

『人類の仇(あだ)とこそ知れ』

 私自身、解説内容がともすると強烈な批判の言葉ともなりますので、できるだけ抑えつつ本来の在り方を示さねばならないと考えています。しかしながら、メシヤ様はもっと峻烈であられました。折も折、『文明の創造』の本文及び装丁の校正を担っていただいている三重支部から、「メシヤ様の御精神を現代に求める座談会」へ心すべき書き込みがありました。その内容を掲載いたします。

三重支部です

昭和29年3月24日発行の「栄光紙253号」には『救世(メシヤ)教とは何ぞや』の御論文が掲載されています。

『今度発行する天国の福音書の序文であって、先(ま)ずこの欄に載せた。』とのメシヤ様のお言葉が添えられています。

御論文の空きスペースにメシヤ様のお歌が3首掲載されています。

このお歌の内容が凄いの。

薬と、医者、病院に対するメシヤ様の想いがストレートに響いてきませんか。

『栄光』第二百五十三号、昭和二十九年三月二十四日

*人類の仇(あだ)とこそ知れ悉(ことご)との薬と名のつくものとふ物は

*人間の病(いたつき)医(いや)す力なき宗教のなど世を救へめや

*病院を作る宗教は早や已(すで)に科学に降(くだ)りし証(しるし)なりける

「メシヤ様の御精神を現代に求める座談会」より

『救世(メシヤ)教とは何ぞや』の御論文と同時に掲載されたお歌だけに、より深く受け止めるべき内容だと思います。
メシヤ様御自身がこのような御心をお持ちでいらしたことを、改めて受け止めざるを得ないところです。

この栄光紙を発見するきっかけは、文明の創造最終項に収録する『救世(メシヤ)教とは何ぞや』の原文をお渡ししていなかったために、支部責任者が独自に自宅所蔵の資料を探したところにあります。なんとも貴重なものを見つけてくれたことでしょう。

救世(メシヤ)教の聖書でもあり、世界の宝典として・・・

『救世(メシヤ)教とは何ぞや』を何故収録するかと申しますと、文明の創造の続篇の『天国の福音書』の序文にあたり、そこに、今後の御教えの編纂の在り方が示されているからです。
ここでは、御論文『救世(メシヤ)教とは何ぞや』の末尾のみを掲載します。

即ち病める者は医され、貧なる者は裕かに、争いは霧消し、不幸は幸福に転化する等々、神の恩恵の如何に深遠なるかに感激するのである。そうして個人の集合体が、社会であり、国家であり、世界であるとしたら、本教発展に従いここに平和幸福なる地上天国は実現するのであって、かくして神の御目的は達成せられるのである。その境目が現在であるから、先ずこの事を知り、幸福を掴む事こそ光栄の至りである。故にこの著は、宗教始め凡ゆる事象の真髄を、神智を通じての解説書であって、今まで書いた多くの中から、私の指示のまま弟子に選ばせ、編纂したものであるから、実に空前絶後の真理の解明であり、寸毫の誤りはないのである。それと共に、今後も続々出るので、溜った都度刊行する予定である。即ちこれこそ救世(メシヤ)教の聖書であり、将来世界の宝典として子々孫々に伝えらるべきものであろう。

『救世(メシヤ)教とは何ぞや』より


 この御記述内容を基に『神の言葉』を人間に判り易いように構成し、信仰形態を整えてゆき、本来の御神業を進める拠り所を提示しなくてはならないと心得ております。『天国篇』が未完である理由も、『夜の時代』の精神の癖を取り除き『昼の時代』に相応しい在り方を見い出すのは弟子達に託されている、とも受け止められます。それが取りも直さず信仰形態の形成なのです。


<学び>
「『夜の時代』の精神の癖を取り除き『昼の時代』に相応しい在り方を見い出すのは弟子達に託されている、とも受け止められます。それが取りも直さず信仰形態の形成なのです。」
今まで上記の文面をサラッと読み過ごしていましたが、なんと深いことか・・・・。

代表は世界救世教の専従者だったので、信者さんを導く立場としてもっと出来る事があったのではという、専従者の立場だった自分への強い悔恨の想いが、既成教団批判となっていたのではないのかなー・・・・?

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