岡田茂吉 観音講座 第三講座より ※伊都能売とは円満滑脱である(昭和十年八月五日) | 岡田茂吉を学ぶ

観音講座 第三講座より ※伊都能売とは円満滑脱である(昭和十年八月五日)

真丸はダイヤモンドをよく見ると解る。ダイヤは八角であるからその八角を取って行くと真丸になるのである。
 ハッパ六十四角である。六十四角が真丸になるのである。
 又三十三相というのが実は三十二相である。この三十二相は化身で、本体の聖観音を加えて三十三相というのである。
 聖観音は決して化けないのである。六十四州と言うのが、この意味に相通じているところがある。
麻邇(まに)の玉―如意宝珠(にょいほうしゅ)とも言う。神霊(みたま)というのを神という。神というのは真丸な円満具足なる事である。
 玉の横の丶を上に掲げると主になる。玉の字は非常に貴い字である。伊都能売とは円満滑脱である。玉はくるくる自由自在にどちらへでも転んで行く。神様に角があっては善良な神様とは言えぬ。丸くならねばならん。丸いから転るのである。自由無碍に転るのである。
 法輪を転ずるとは観音様の事である。滑稽洒脱(しゃだつ)である。大いに笑わせるのである。観音行に近い人程丸いのである。どんな人にも合わして行かねばならんのである。怒るのは真丸ではない。人に突掛るのは角である。観音行はこの角が取れなければ丸くなる事は出来ない。又湿っぽくては駄目である。笑冠句(わらいかんく)を奨励するのはこの意味からである。笑ったり笑わしたりすれば、自然に天国状態となり、円満になれるのである。世界の平和とは争がなくなる事である。

    


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