岡田茂吉 動脈硬化及び高血圧症『アメリカを救う』昭和28年1月1日 ※御蔭話(1) | 岡田茂吉を学ぶ

動脈硬化及び高血圧症『アメリカを救う』昭和28年1月1日 ※御蔭話(1)

不治とされている動脈硬化症を救われて

    静岡県   N.K


 救われた喜びに拙筆も顧みず明主様に御礼申し上げます。私は○○楽器会社に長年勤務しておりましたが、昨年仕事最中急に眼が廻り、それから次第にその回数が増え会社の経営しております病院に参りましたところ「動脈硬化症」の由にて安静を旨とし休暇療養に努め、毎日が通院治療に変ってしまいました。その間注射、服薬を随分続けておりましたが一向よくなりませんでした。そして、三、四カ月は瞬く間に過ぎてしまいましたが、会社経営の病院の事とて経済的には直接何の苦痛もありませんが働けない淋しさと毎夜不眠が続き、次第に不眠症となって参りました。その苦悩は言い知れないもので、何とかして早く治り出勤したいと思い、それは医師の言を忠実に守る事と考え、言われるままに実行専念致しました。

 しかし結果はその逆で、日毎に不眠症はつのり、ちょっとの仕事をしても目眩がして来るのでした。このようにしておりましても会社では給料を下さり、毎月それだけは通院帰りに戴いておりました。けれども働かない者を、そして世に何等の貢献なき者を神様はいつまでもそのままには許されなかったのでしょう。この時会社は医者に私の病状を聞き、医者いわく「動脈硬化症で治る見込はないが、今しばらく様子を見よう」と言われたため整理予定者となって一時はそのままになっていた様子でした。

 それを知ってか知らずか有難いものである月の給料を戴き、帰りに同じ会社のS様が「長く休んでおるようだがいかがです……そういう状態でしたら……私は救世教に入信しておるのですが何とかなると思います」と親切に申して下さいましたので、私もその心に感謝し御願いして帰りましたところ、翌日私宅を訪れ種々御話し下さいまして御浄霊戴き、翌々日教会に連れて行って戴き、教会の先生に御願いしたところ、先生は延髄、首、肩、背中と悪いところを一々指摘され、御浄霊を終ってから精しく御話し下さいまして「この分でしたら必ず治りましょう」と力強く申され、何かと気強く感じました。

 しかし帰ってから、あんな事をして果して治るのだろうか? 薬の悪い事が大体分り、思い切ってやめてしまったものの、大丈夫だろうか? と不安が生じて来ました。

 翌日は教会に行くのをやめてしまい二、三日茫然としておりましたところ、又も親切なS様が見えられ、

S「教会で御浄霊して戴いた時どんな気持でした、大変気持がよかったんですか」
私「気持はとてもよくて今までにない気分でした」
S「でしたらなぜ続けてやって戴かなかったんです。今まで医者に何回も治療を受けながら、この間のような気分になれた事がなかったという事と比較して、浄霊すればよくなるという事が解るでしょう」
私「それはそうですが、掌をこうしてやっただけで果して治りますかねー。それに会社にも病院に通っておらないと工合が悪いし、毎月診断書を提出しないと給料の方がうまくないので、その方の関係もあって考え、あれから未だ教会にも行っておらないのです」
S「そうですか、そういう訳でしたか。無理もありません。 そう思われるのも当然ですね。私にしても会社に勤務している以上、会社の言う事も聞かなくてはならないしねー」
私「大丈夫でしょうか、両道かけたような工合でそれで神様から御守護戴けましょうか」
S「だって今としてはそれだけはどうする事も出来ないのですから、神様はある期間その状態を許されるかも分りません。とにかく今一回先生に相談して見ようではないですか」
私「それが心配だったものでしてねー。つい教会に行く事が心苦しく感じたので嘘を言ってしまった様な結果でした。では今から又行って聞いて戴けましょうか、ハハハハ……」
S「そうでしたか、それでねー。何だ案外気が小さいんだね。私より年は多くても、ハハハハ」

と会話は非常にほぐれたものに変って行きました。そして又早速教会に行き、先生に伺いましたところ、神様は自由無碍のお働きをなされる事等を話され、「それが悪いと人間で決める事も出来ないので、ある事柄を決定づけてやる事は危険である」と話され、「それは神様に御願いし、もし許されるなら御守護戴くし、間違っていれば御守護は無いと思いますから、人間としてこれでよいと思った時はとにかく御願いして御浄霊を続けてみる事です」と申されましたので、現在はそれによるの外ないので、それから毎日御浄霊を御願い致しましたところ、その度毎に眼から涙が多量に流れ出し、ハンカチで何回も拭わなければならない程でした。

 毒結が延髄に多量固結していたために不眠症となり、また目眩が起った事を聞かされ、日毎に快方に向いました時はほんとに嬉しくなりました。それから一週間程してからと思います。先生が「Nさん何か病気して医者にかかった事があるでしょう。こんなに多くあるようですから」と言われましたが、その時は思い出しませんでしたが、ずっと以前梯子から落ちてひどく後頭部と背中を打ち死にかけた事がありましたが、その時は医者にちょっとかかっただけでした事を話しましたところ「その打撲個所に内出血したのが固っていたのと、体の毒が集溜固結していたのが浄化作用が起ったのかも知れない」と申されましたが、考えて見ればその打った個所が悪い個所と一致しておりました。

 これより次第に私の不眠症は解消し、この頃は仕事を致しましても何ともございません。あの時S様が二回目に訪ねて下さらなかったら、まだまだ苦しんでいなければならなかったのに……御浄霊頂けなかったらどんなになったかと考えます時、明主様の御救いを感謝せずにはいられません。又御導き下さったS様に御礼の言葉もありません。その後すっきりして自分では何ともありませんので例のように医者に行き、自分の状態を話し、仕事が出来ますからそのよう診断書を出して戴くべく依頼致しましたところ「動脈硬化症は治らない事になっているから、たとえそのようであっても治ったのでは無いから出す訳に行かない。もし出勤して起った時は私の責任になるし、会社としても困るから」と診断書を書いてくれませんでした。現に私はどんな仕事も出来るのですが、実に情なく、この時から医学に対し憤激を感じました。私は、よし自分と同じ苦しみを味わっているものがあるであろうから、その人達を救ってあげなければならない、と御守様を戴き、入信さして戴いた次第でございます。

 そして二カ月後会社から話があり、行って見ますと、「貴方は動脈硬化症で医者は絶対治らないと言っているし、それに停年もあと一年というところだから、この年度末に整理の中に入ったらどうでしょう。それに入れば普通の場合より退職金も率がよいから」と申されたのでした。

 しかし私は「現在何をしても何ともないのですから働かして戴きたい」と申しますと、「でも医者が治る見込が無いと言うから出て戴いてもしもの事があった時困るから」と遂にそれを理由として整理者の中に入れられてしまいました。

 しかし私は生命を救われ、今までの大変な誤りを知り、人を救う道に精進せよとの大神様の御教えと考え、むしろ自由の身をもって新な希望に燃え、新な人生の転換を計って戴きました事を想います時、ひたすら感謝感激に満つるのでございます。何卒この上は一人でも多くお救いさして戴けますよう、御守護の程御願い申し上げますと共に、厚く御礼申し上げる次第で御座います。
               (昭和二十七年五月十六日)

腎臓手術直前に救われ母の動脈硬化も癒さる

岩手県    Y.K (21)


 謹んで御礼申し上げます。御報告の遅れました事を深くお詫び申し上げます。今日元気で働かせて戴く事が出来ますのは夢のようで御座います。省みますと私は二、三年前から腎臓の気があったので少し疲れますとすぐ顔がむくみ出し、足がだるく、大変いやな気分で御座いました。一昨年の暮も急に右の腎臓部が痛み出し立っている事も出来ず、床についたきり二十五日間寝返りうつのもつらく、毎日をいやな気持で過しておりました。家には老母と十四も年上の姉がおり、姉は今から十年位前腎臓を手術したのでしたが残った方が悪くなり、医者からもう駄目だと言われたのでしたが、その当時K町に出張しておられましたA先生の御浄霊を戴き丈夫になって入信させて戴き、光明如来様、御屏風観音様も御奉斎さして戴き救われておりました。今では普通の人以上に家の一切をやってます。その姉に御浄霊をすすめられましたが、私は全然信用出来ず、むしろそれを反対しておりました。ところが今年の一月「右腎臓結核で手術をせねばならぬ」と宣告されました。私は医学を絶対のものと信じてましたので早速入院手術の用意も出来、二日後に控えた日に再びレントゲンを撮って見ました。ところが入院前の写真が真黒だったのにその日の写真は何とハッキリと腎臓部が現れているではありませんか。医師も私も皆驚きました。医師は非常に不思議がり、「入院前貴方は何も手当しなかったですか」と言われましたが、終に「手術の要なし」と言われ何か気抜したような感じが致しました。考えて見ても入院中十日間の水薬と散薬だけの毎日であんなに悪かったのがこんなに良くなるはずがないと考えていた私はハッと思い当る事が御座いました。それは入院する前一週間程M町におられるA先生の奨めで、そんな事で病気が治ってたまるものかという気持で御浄霊を戴いたのでしたが、その時先生は「幾ら疑っても必ず貴方は手術をしなくともいいようになります」と言われた事を思い出し、神仏を信じない愚かな私が恥ずかしくなってまいりました。退院後早速入信させて戴き、今では元気に家事の手伝をさせて戴けますのも御明主様のお蔭と深く感謝致しております。

 その後四月十一日の夜に母が動脈硬化にて危篤状態になり、兄弟親類皆集り、医者を呼び注射をしても動かなかった体が姉と二人で御浄霊させて戴きますと少しずつ動いて来るではありませんか。丸一昼夜死の状態にありました母が、翌日の午後には目も開き、口もだんだんきくようになって来まして、今では針仕事等をさせて戴くようになりました。御明主様重ね重ね御守護を賜わりまして有難う御座いました。今後はお道のため一人でも多く救わさせて戴きたく存じています。何卒宜敷く御守護の程御願い申し上げます。
         (昭和二十七年七月二十五日)


喘息と高血圧より救われて

島根県    I.K (49)


 この度拙文を顧みず数多き御神徳の中より一端を御報告させて戴きます。私は去る昭和二十三年より喘息と高血圧症で苦しみ続けて来ました。医師の診断により「血圧は二百三十もあり、脳溢血の憂が多分にあるから、服薬と注射及び採血により血圧の降下を計らねば危険この上もない」との事にて、血液を採って頂きましたら喘息が非常に苦しくなり、その苦痛は何にもたとえようもありませんでした。医師に話して採血はやめて服薬と注射を続けました。その後喘息の発作は益々激しくなり、医師に相談しても「注射で発作を止めれば血圧が上るから、なるべくその注射は控えよ」と脳溢血の注意を受け、年中喘ぎ悶えており、灸は背中に大きな穴があく程すえ、漢方薬その他民間療法、植皮手術二回等、ありとあらゆる治療を施しましたが一向に効果はなく、発作の激しい時は二、三昼夜続いても止らず、今にも息が切れるかと思う様な苦痛にて、今は脳溢血も致方なしと意を決しエフェドリン、ボスミン等をうち、その苦痛より脱する事も再三ありました。その頃より一層頭痛、肩痛が苦しくなり、医者の門をたたき血圧を計ってもらえば二十位上昇しております。故に薬で下げては注射で上げ、又下げては上げるを繰返しつつ、今より考えれば全く馬鹿げた話です。毎月一回医師に血圧を計ってもらい、毎日服薬と注射を一年四カ月も続けました。一時は百六十位まで下って頭痛も楽になりましたが、追々又元のごとくなり、医師も最早「薬は効かぬから血液を採るより仕方ない」と言われましたが喘息の余りの苦しさに断って、もうこれまでと覚悟をきめておりました。その上力と頼む妻が二十五年十一月頃より坐骨神経痛で寝込んでしまいました。これも注射薬、灸と治療を加えましたが、一進一退にて効果は見えませんでした。ところが二十六年三月、ふと救世教の信者の方より有難い教があると聞かされ、三月十五日その方に連れられてA教会へ夫婦連れにて喘ぎ乍ら参詣致しました。そしてS先生より御話を伺い、また有難き御浄霊を頂き、その折「明日よりここにて教修会があり、二人受けられる」との事でしたが、教修なるものがいかなるものや知りませず、上の空で聞き流しておりましたが、連れて参って下さった方より「それは好都合です。ぜひ貴方方も入信してお蔭を受けなさい」と奨められ、早速御願いして頂き、翌日より夫婦揃って三日間の教修を受け、御守様を拝受致しました。不思議にも二回の御浄霊にてさしも悪性の喘息も以後発作が楽になり、日一日と快方に向い、その後二、三回浄化戴きましたが、その度毎に快くなり、五月頃には発作も止り仕事も出来るようになりました。妻も有難き御神徳により快くなり、これもその頃より仕事をさせて頂けるようになりました。今までの暗黒の我家に一大光明が差込み、家も心も急に明るくなりました。これもひとえに明主様の偉大な御霊徳の賜物と深く御礼申し上げます。昨年五月十五日M町の月並祭に参詣した際の御話に「明主様関西に御旅行なされ、京都にて御面会が許される」と聞き、早速御願い申し上げ参加させて頂き、二十八日出発致し翌三十日私の不在中の出来事であります。息子が農耕に本年初めて牝牛を使っておりましたところ、何に驚いたか俄に飛び出し、使手も初心者であり、又牛も不馴れにて制止も利かずあばれ廻って、遂に河(幅五尺深さ六尺位、底は岩盤)に落ち込んで倒れてしまったそうであります。「しまった牛を殺した」と生きた心地もなく飛込んでクラを外せば、牛も一生懸命に河より飛び上り「フウフウ」言っていたとの事で、不思議にもかすり傷一つ無く、歩かせて見てもなんの異常もありません。しかし妊娠中のため、体内の仔牛に異常なきやと案じ、隣村の獣医の宅へ連れて行き診察を受けましたが「何の異常もない」と言われ安心したとの事を帰宅後聞かされ実に冷汗の出る思いを致しました。鳴呼これが奇蹟でなくて何でありましょう。早速御神前に家内一同御守護の御礼申し上げました。大光明如来様、御屏風観音様を御奉斎頂き日夜絶大なる御守護を給わっております。私は今では喘息の苦痛は物忘れしたごとく快くなり、血圧は今まで多量な薬毒のためか未だ下らず、頭痛は多少致しますが「脳溢血来らば来れ、何を恐れんや、我には大光明如来様の御守護あり」と固き信念にて、何もかも御任せした安心の境地にて、日夜農耕にいそしませて頂いております。顧みるに一昨年、昨年、又本年と年毎に苦痛は去り、ただただ「有難や有難や」と絶叫するの外はありません。これもひとえに明主様の御高恩の賜物と深く深く感謝するのみでございます。ここに謹みて御礼申し上げますと共に、御恩の万分の一なり共お酬い致すべく、御聖業の御手伝に邁進させて頂く覚悟で御座います。

 明主様有難う御座いました。拙文乱筆をもって御礼と御報告をさせて戴く次第で御座います。
               (昭和二十七年三月十日)


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