世界メシヤ教とは?

世界メシヤ教とは?世界メシヤ教とは?

「世界救世(メシヤ)教」岡田茂吉教祖

  • 1882(明治15)年12月23日生まれ 東京都出身
  • 1935(昭和10)年 1月 1日  大日本観音会を立教
  • 1950(昭和25)年 2月 4日  世界救世メシヤ教を開教
  • 1954(昭和29)年6月5日 「メシヤ降誕」宣言
  • 1955(昭和30)年2月10日  碧雲荘で御昇天あそばされる
 新文明世界、病貧争絶無の「地上天国」建設を唱導する。
  ・薬渦薬害を唱え、浄霊による救済活動を展開し、医学革命を推進。
  ・隠されて来た真理を明らかにし宗教改革を推進。
  ・農薬や化学肥料を一切使用しない自然農法の普及活動を進め、現代の自然栽培、有機栽培の理念・
    技術の礎を築く。
  ・「芸術による天国化」「芸術による人格向上」を提唱し、MOA美術館を創立するなど美術活動を推進
大経綸

黴菌の発生  (結核信仰療法 昭和二十七年十二月一日)

  茲で一体人間の霊なるものは、何であるかというと、科学的に言えば非常に密度が高く超稀薄なものであって、現在進歩した原子顕微鏡でも、到底見る事は出来ない程の超々極微粒子であるにも拘わらず、之こそ前記の如く人間の本体であるから、全く想像もつかない程の神秘幽幻なものである。此理によって病原の最初は此霊の全部又は一部に曇りが発生する
ホーム

『文明の創造』科学篇「病気とは何ぞや」(昭和二十七年)

愈々(イヨイヨ)之から病気についての一切を解説する順序となったが、抑々(ソモソモ)病気とは何かというと、一言にしていえば体内にあってはならない汚物の排泄作用である。従って体内に汚物さえなければ血行は良く無病息災で、年中溌刺たる元気を以て活動が出来るのである
2020.02.11
ホーム

大森時代 (自観叢書九  昭和二十四年十二月)

愈よ全身全霊を打込み、神の命のまま進む事となった。何しろ神の意図が半分、自己意識が半分というような訳で、普通人より心強い気もするが、普通人より心細い気もする。勿論それ程の経済的余裕もなく、先づ数ケ月維持する位の程度しかなく、確実な収入の見込もない、実に不安定極まる生活ではあるが、然し絶間ない奇蹟や神示の面白さで、経済不安など忘れて了ふ程
ホーム

はしがき (自観叢書第九篇 「光への道」 昭和24年12月30日)

之は私の自舒伝である。最初わが半生の記と名づけたのであるが「光への道」の方が感じがいいのでそう名づけたのである。私の前半生は洵に平凡で世間ありふれた経歴で、面白くないから書かない事にしたのである。
2020.01.10
ホーム

祖霊と死後の準備 (自観叢書三 昭和二十四年八月二十五日)

世間よく仏壇を設置するのは長男だけで、次男以下は必要はないとしてあるが、これは大きな誤りである。何となれば両親が生きているとして、長男だけが好遇し、次男以下は冷遇または寄付けさせないとしたら、大なる親不幸となるではないか。そういう場合霊界におられる両親は気づかせようとして種々の方法をとるのである。そのために病人が出来るという事もあるから注意すべきである。
2020.01.12
大経綸

千手観音様の霊写真に就て (光明世界一号 昭和十年二月四日)

昭和九年十月十一日、午後二時頃、全く未知の人、東光男なる名刺を持って、面会を求められた。余は、その姓名を見るや、興味を覚へ、早速、面会に及び、其来意を訊ねたるに、同氏曰く、「自分は予(カネ)てより、霊感に依って「観音力所有者」を探しゐたり、而(シカ)も本年は、自宅より東方に方(アタ)って、見当るとの霊感ありて、
大経綸

世界救世(メシヤ)教教義 (救世五十三号 昭和二十五年三月十一日) 

抑々、世界の創造主たる主の大神(ヱホバ)は、此地上に天国を樹立すべく、太初より経綸を行はせ給いつつある事を吾等は信ずるのである
2019.11.13
大経綸

序文 救世(メシヤ)教とは何ぞや                (天福 昭和二十九年八月二十五日)

この文を書くに当って、前以て断っておきたい事は、我がメシヤ教は純然たる宗教ではないのである。と言っても、一部には宗教も含まれてはいるが、全部でない事は勿論である。では、何故メシヤ教の名を附けたかというと、何しろ有史以来夢想だもしなかった処の劃期的救いの業である以上、止むを得ずそう附けたまでであって、特殊の名前を附けるよりも、この方が分り易く親しみ易いからで、これを卒直に言って宗教以上の宗教、即ち超宗教であり、空前の救いの業と思えばいい

2019.10.22
ホーム

個人と先祖など(基本その2)  昭和9年(?)論文

今、現在生きてゐる吾々個人は、突然と涌いた処の、何れにも係りのない存在ではなくて、実は何百人か何千人か判らない、多数祖先の綜合されて一つになった、其尖端に存在呼吸する一個の生物であって、それが、無窮に継承されてゆく中間生命の、時間的個性の存在である。大きく観れば、祖先と子孫とを繋ぐ連鎖の一個であり、小さく言へば、親と子を繋ぐ楔子(クサ ビ)でもある。
ホーム

霊と体など (基本)  昭和9年(?)論文

森羅万象如何なる物と雖も、霊と体とから成立ってゐるのである。生物でない、茲にある此火鉢でも、座蒲団でも霊があるのであって、もし、霊が分離すれば、その物は直ちに崩壊するのである。
2019.10.31
ホーム

黄泉比良坂の戦 自観叢書第4篇『奇蹟物語』昭和24年10月5日

この標題について、時々たずねられるから概略解説してみよう。これはもちろん古事記にあるものでそれを如実に私が体験した経緯をかくのである。
2019.11.18
ホーム

私の信仰の経路 昭和10(1935)年1月11日

私の生まれたのは、浅草橋場で浅草観音様の裏のほうであって、明治前に私の曾祖父が武蔵屋喜左衛門といって、その界隈での幅利きで橋場から五、六丁離れた所の浅草町という所で質屋を営み、そうとうの財産家で義侠心に富み、いまの町長くらいの資格であり、人を助けることが好きで鳴らしたものであった。
2019.11.16
タイトルとURLをコピーしました