前項に述べたごとく、世界が夜から昼に転換する結果として、人類に対しいかなる変化が起るかという事である。それは現界の昼夜と等しく「暗黒は全く消滅し、明々白々たる世界となるのである」――という事は、霊界における火素の大増量である。それは人間霊体に対し徹底的浄化力の発現となり、霊体に堆積固結せる毒素が固結の力を失い、剰(あま)す所なく溶解作用が行われる事になるので、すなわち肉体的には病気発生となる事は言うまでもない。しかも夜の世界の期間は浄化作用は局部的であるが、昼の世界におけるそれは全部的であるから、大多数の人間は全身的極度の浄化作用発生し、到底堪え得られずして罹病後短期間、恐らく数日を出でずして死亡するであろう。この場合医学的浄化停止方法を行う時は、反って逆効果となり死を早める結果となる。人々は恐れおののき、戦争や飢餓以上の恐怖時代出現は最早免れ得ない決定的運命であって、その前夜としての現在の時である。この結果として、全人類は何分の一あるいは何十分の一、またはそれ以上に減少するかもしれないであろう。キリストの予言せる「世の終り」または「最後の審判」とはこの事であると私は信ずるのである。しからばその時はいつか、私の研究によれば一九四七年以降数年内にこの一大悲劇は現出するであろう。しかもその萌芽は既に表われかけている。一九四六年五月二十八日発行の東京朝日新聞に下記のごとき記事が掲載されている。
*出産を追越す死亡
十年後に五千万
人口過剰昨春から逆転
いまやどこを向いてもつっけんどんな空腹時代を迎えて――われわれは狭くなった国土に余りにも人間が多いという結論をすぐ考える。では一体どのくらいの人口が狭くなった日本には適切か、農業立国、工業立国など論者によっては一千万くらいの差はあるが、大体五、六千万といわれている。引揚や復員が終れば今年一ぱいには八千万になるというから、さしあたり二、三千万人の超過となるわけだ。ところで最近内閣統計局で調べている毎月の人口動態調査や全国一斉の人口調査による趨勢では、過剰人口の問題も別に対策を樹てるまでもなく、このままで長くて二十年、早くすれば十年もたてば、結局五千万人の理想的日本に落着いてしまうという予想がついた。
この傾向は実は戦争も敗色の強くなったサイパン失陥の頃からである。戦時中の統計は一切秘密にされていたので、今日はじめて判った事実だが、推定数によると昭和十九年秋からの出生率は、戦前の三分の二(年百五十万人)に減り、死亡率は反対に激増して三分の一増(年百五十万人)と同数になり、過去二十年間も続いた人口増加率を一ぺんに逆転させている。続く昭和二十年は本土に空爆しきり、広島、長崎などの厖大な戦災死、体位低下等の死因は驚異的数字を刻み、二十年三月には戦災死者を除外しても死亡数が出生数を追い越してしまった。つまりこの頃からは、死亡率が昔の約二倍になり、恐らく二百万を越え、出生は二分の一の百万ギリギリになったと思われる。百万の人口滅を示した下降曲線は、本年に入って更に社会不安、食糧飢饉の世相を反映して、一月毎に低落しつつこの分では二十一年度は恐らく二百五十万の死亡者を数えるだろうといわれ、これに対し出生は昨年の百万を更に下廻る七、八十万(往時の三分の一)という数字が予想される状況である。
「百七十万」が本年推定の人口減の横顔だとなると、少し割引して百五十万としても十年で千五百万人……十五年で二千三百万人減……つまり二十年経たなくても”五千万人の日本”という魔術に似た人口減が実現しそうだということになる。この頃現われている「百五十万人減」の数字が何年も続くと見るのはおかしいと考える向もあるが、敗戦後の社会不安、食糧不安はほとんど半恒久的なものと考えられ、また失業者群五百万だとか、家屋の建設の困難などの悪条件下では、結婚難の問題もつづくであろうから新生児への期待はいよいよ薄く、加えて現在死亡者の年齢が男女共壮年層に圧倒的だという事実、この上に推定された”二十年後の五千万人の日本”という仮説は厚生省関係の人口間題研究所でもすでに概算済みなのである。
「産制」も無用
川島内閣統計局長談
正確な数字を出せないのは人口動態の報告に未到着の分があるからで、何万という数字まで出ないのが残念である。二十年三月を一線にして完全に人口は激減していった。ここで問題となるのは、戦時中の戦災死五十万以上はこの率には加えていないことである。だから厳密な意味でこの数は研究されてよいと思う。
十九年春から二十年秋までの資料があれば更にはっきりするのだが、統計局がこの三月焼けて不幸にも正式発表の数字は示せない。”量より質”と産児制限の研究も新議会でとり上げられるようだが、これも私の方からは「ちょっと待て」といいたい。私たちは正確な数字を出したいので目下資料蒐集に懸命である
上記記事によって推定すれば同年四月二十六目の人口調査の結果、日本の人口は七千三百余万となっている。その上海外における復員帰還者約三百万とみて合計七千六百万となる。それが十年後五千万となるとしたら、十年間に二千六百万人の減少となる訳である。上記事中に五千万くらいが食糧事情の上からみて適当とあるが、一ケ年二、三百万宛滅少しつつ来たものが、五千万でピッタリ喰止まる筈はない、むしろ反対に減少の勢を増すのみか、あるいはその時までに推定数よりも一層の減少を来すかも知れない。何となれば本年の減少推定百五十万であるとしたら、来年は二百万、その翌年は三百万というように、加速度的となるべきは数の増減の原則であるからである。この意味において日本民族は、遅くも二、三十年以内に滅亡するとみるのはあながち無理な予想ではあるまい。かくのごとき戦慄すべき問題に対し、本来ならば国を挙げての大問題化すべき筈であるに拘わらず、そうでないのは、現在飢餓問題を初め、幾多の重要問題が山積し、他を顧るの余裕の無い程それ程切迫しつつある現状であると共に、死亡率増加の原因が、食糧や住宅難、社会不安等のためでありとし、この解決によってそれを喰止め得るとなす考えも大いに手伝っているであろう。しかるに私の説のごとく、夜昼転換が真の原因である以上、いずれは国を挙げての大問題となる事は必然である。
しかしながら、この重大問題は今日極東における一国のみの問題でしかないが、やがては全世界全人類の滅亡の大悲劇の開幕となる事は必至の運命である。しからばこれを免るる方法ありやというに、再三言うがごとく本医術の原理を知って、その対策を講ずる事である。それ以外道はない事を警告するのである。
嗚呼、救世的私の使命や、まことに大なりというべきである。
(注)
この文章は『明日の医術』用の削除原稿に戦後加筆訂正されたものです。