『自観叢書』第3篇 「霊界叢談」 を掲載しています。 ▶️

2012年2月大阪支部メシヤ講座の責任者附記事項

附記1 御教えで、文明の創造を考える

責任者 御教え抜粋

 日本人であり乍ら、日本の国柄とその使命を知っている人は殆どないようである。
 併し終戦前までは或派の人は、一人よがりの国粋的理論を説いたのはいいが、その説を利用して、戦争当時軍部方面などは頻りにそれを唱え、国民を煽り立てる道具にしたのは衆知の通りであるが、これが相当マイナスとなった事は敗戦によってよく分ったのである。
 処が今茲に私の言わんとする処は、それ等とは根本的に異うので、その心算(ツモリ)で読んで貰いたいのである。
 これに就いては、私は以前アメリカのフォードの自動車会社の行り方を何かの本で見て感心させられた事がある。それは同会社は部分品専門の小会社を多く作り其処からその会社の製品を運ばせ、本社へ集中させるのである。すると本社では夫々の部分品を組立て、完全な自動車として売出すという方法である。
 恰度それと同じような仕事をする国が、日本であると思うのである。つまり各国々の特長を採入れ組立て、綜合的完全な文化として、世界へ売出すようなものである。
 それが日本という国の使命であるから、日本には著しい独自の文化はないのである。
 譬えてみればアメリカの機械文化、民主政治、進歩主義は固より、英国の保守的堅実な政治や穏健なる社会主義、天皇と人民との美わしい関係等もそうだが、その他としては仏蘭西の絵画、文学、音楽等の特殊な自由主義的芸術や、独逸の逞しい進取的力の文化、伊太利(イタリー)の宗教や古典芸術、中国の古代文化、特に漢字、漢文、儒学、印度の仏教等、各国文化の特長は悉く日本に採入れられている。
 それ等を見た短見者流の日本人は、昔から日本は真似の好きな国、模倣の天才などといっているのは、深い意味を知らないからである。その為外国の卓越した文化を見ては忽ち崇拝すると共に、日本を劣等視するという悪い癖がある。 この表われは終戦後何も彼もアメリカのものならいいと思った事によっても明かである。
 私はこのことを譬えるに今一つの好い資料がある。それは日本は日の本であり、太陽の国である。
 太陽が七色の光線を回転すると白一色となる。この意味を考えても成程と思うであろう。
 これを当嵌めてみると、現在の日本は各国の色を採入れてはあるが、それを回転するまでに至っていないのである。
 では何故回転出来ないかというと、これは車と同様であって、がまだ出来ていないからである。軸とは無論⦿である。
 では⦿は何時何処に現われるかというと、これこそいつもいう通り我救世(メシヤ)教であって、私がいつも曰う⦿の文化というのは、この事も一つの重要な主目である。尤も⦿の文化が生まれたばかりの今日、段々時が熟して完全な心棒になった時廻転し始めるので、初めてそこで白色の太陽世界となり、日本から輝き始まるのである。これも私の曰う昼間の世界の始まりであり、東方の光の顕現でもあるので、これから追々分るであろう。
 次に今一つ言いたい事がある。それは右の意味が分らない為、自分の国の色に世界を染めようとしている国のある事で、これは何程やっても結局は骨折損の草疲儲けとなるから考えてみて貰いたいのである。(日本は文化の組立工場 栄光 百九十五号 昭和二十八年二月十一日)


 前略 今迄の文化は西で出来た文化ですが、それが日本に来た。それは目茶苦茶に出来来たものですが、それを日本ですっかり整理して本当の良いものにして、それを又西の方に、さっき「濁水が押寄せて来たのを綺麗にして押返す」という事がありましたが、そういう意味です。そうして色んな悪の目的に作ったものを、今度はすっかり清いものにして世界中に押戻すわけです。それがメシヤ教の仕事なのです。
 とてつもない大きなものです。
 そういう様なわけで、私は先に大本教に居た時分に、或る所で講演した時に斯ういう話をした事があります。
 其時分にフォードの自動車会社が方々に支社を作って、車は車、エンジンはエンジン、ボデイはボデイと専門的に拵える工場を持って、そこから本社の方に送って本社の方で組立てて完全な自動車として売出すという組織になってますが、日本は丁度そういったフォード会社と同じ様なもので、方々で出来た文化を組立てて本当に使い道になる様にして、そうして人間がその御蔭を蒙るという様に考えれば良く分る。ですから日本には支那文化も西洋文化も、各国の文化がみんな入っている。それをみんな組立てて本当のものにして世界中の人間の役に立てるというように考えると一番良く分る、と言って講演した事がありますが、それが日本の使命なのです。後略(御教え集16号 昭和二十七年十一月七日)

 前略 西の文化を、今迄悪い事に使っていたのを良い事に使う様に変えるのです。爆弾を落す飛行機を、早く旅行の出来る様にする。人間を苦しめた物を楽しむ物にするという事 が、やはり東から出なければならないのです。ですからそう考えれば別に不思議もなければ、変ってもいません。処が今迄は西の文化ばかりで、それが本当の様に思うから、それと反対の東の文化が一寸分り悪(ニク)いのです。こんな事(御浄霊)をして病気が治るという事が分らないというのは、そういう様な訳です。後略(御教え集16号 昭和二十七年十一月七日)

附記御教えで、「にチョン」と「大事変」を考える

責任者 御教え抜粋

 前略 邪神はいはば人間界の詐欺師のようなものである。これを認識しないと邪神の術中に陥るのであるから、余程はつきりとした眼識をもたねばならぬ。私の「信仰雑話」をかいたのも、一つはそういうものにしつかりした判別力を植付けるためでもあるから、どうしてもこれによつて智慧証覚を磨かねばならぬ
 随而邪神の言動は立派に見えても必ずどこかに欠点のあるもので、容易に見破り得るのであるが、人間はその判断がつかぬため他愛なく騙されるのである。例えば共産主義の如き之は自己の階級だけを愛し、他を打倒しようとする間違つたものであるが、主義者は之こそ大衆を救う唯一のものであり、絶対の真理だと信じてやつている。それだけに又非常に強い処がある。
 又社会主義の如きもそうで、之が本当のやり方で之によつて社会は救われると信じ切つている。此主義によると、愚者も、智者も、恵者も、偉人も平等に取扱はうとする。そこに不公平がある。大自然を見ても一切に自ら階級がある。偉人とか智者は、社会からそれ相当の地位を与えられ、優遇さるべきが本当であつて、それによつて社会の秩序が保たれる。又社会主義は人間の競争心をなくそうとするが、之は、文化の進歩を阻害する事になる。競争心があるんで進歩発展するのである。
 次に資本主義も甚だ間違つている。之は、金力を以て大衆の幸福を蹂躪する事になるからである。
 どうしても全体が幸福を得るという、全体幸福主義というような新しい思想が生れなくてはならない。そこ迄文化が向上する事を念願として進むべきである。(教えの光 邪神の特色 昭和二十六年五月二十日)

 教へにしても、本当のものが出れば、その教一つになって了ふ(大光明世界の実相(五) 万教帰一 光世五号 昭和十一年一月二十五日)


 枝は限られてゐるので、全世界の宗教を帰一する事が出来ないのであります。それ故今迄は根本である一を隠して居った。二迄しか出てゐなかったんであります。(大光明世界の実相(五) 自由無礙 光世五号昭和十一年一月二十五日)

 メシヤ教と言うのは凡ての因(モト)を解決しているんだから、因を解決すれば、病貧争絶無の世界が出来るんだから、理窟はそう難かしい事はないんです。(御教え集7号 昭和二十七年二月二十六日)

 神様のおやりになる事は凡て型でやつているのです。()の型です。チョンです。このチョンが段々拡がつて行くのです。世界に、戦争だとか思想問題とか色んな変り事がありますが、あれは行成(イキナリ)そういう事が起つて来るのではないのです。地球の中心――世界の中心に最初何かゞ出来るのです。後略(御教え集14号 昭和二十七年九月二十五日 秋季大祭)


 前略 私は軍人だと言うんです。目に見えるのではなく、目に見えない戦いです。毎日戦つているんです。「文明の創造」を書き始めたからね之が一番恐ろしいんです。だから、この妨害と言うのは素晴らしいです。家の人から妨害している。家の人は知らないんです。別に妨害する積りではないが、邪神に使われるんです。この頃は割に良いが、最初のうちはしようがなかつた。(御垂示録2号 昭和二十六年九月五日)


 “艮の金神の世になりたぞよ”という事は、自分が世界の支配権を握るという事です。それが、今までは霊界だったが、これからは現界に現われるのです。それが一昨日その型があったのです。神様は凡て型でやり、型を見せるという事になってます。ですから一昨日現われた型というのは、私は三年も前から努力していたのです。(中略)或る時期にゆくと、病気の増えるのも……これは一ぺんになりそうです。ですからそうなったら、何時も言うとおり、とても忙がしくなりますから、今からその覚悟をしていてよいです。その代り信者の人でも、少しボヤボヤしていたり、或いは神様の言われる事に違ったりすると、手厳(テキビ)しくやられる事になるのです。それもボツボツは出ているようです。これはあなた方もよく知っているでしょう。(御教え集31号 昭和二十九年二月五日 立春祭)



 前略 そうして私は九分九厘と一厘という事を常にいうが、○にチョンが入るとなると之が九分九厘一厘で換えて了う。言い換えれば九分九厘の悪を一厘の善の力で往生させるという意味である。恰度○全体が黒く塗りつぶされようとする時チョン一の力で、反対に黒を消して白全体にして了うので、之を世界的にいえば空虚な文明に実を入れる。即ち魂を入れるのである。之によって今迄形だけで死人同様になっていた文明を生かす、即ち新世界の誕生である(⦿の文化 栄光 百七十三号 昭和二十七年九月十日)

 【お伺い】各宗教と申しましても、今までは口の先で言うだけで、丁度医者の診断のごまかしと同じで一時のがれをしてましたが、浄化作用が強くなるに従ってごまかしがきかなくなりますから、結局力のないものは亡びる事になります
 【御垂示】そうです。だから今度も書いてあります。“救世教に背を向ける者は亡びるし、抱かれる者は助かる。そのどっちかに決めなければならない。それが今後における人類の課題だ”という事を書いてあります。後略(御垂示録17号 昭和二十八年二月一日)

 活動力の源泉になるし罪の源泉にもなるのです。そこのところをうまくして、あんまり沢山悪い事をしないようにお灸を据えるのですが、それが今度の汚職事件です。だから凡て善悪共にみんな必要があってあるのだからして、大乗的に見れば「正邪一如」「善悪不二」になるわけです。そのどっちも善悪であり、それから悪はいけないというような、そういういろいろな真理を覚る、それが本当なのです。それで今は大分そういう方面の巨頭が改心しつつありますから、これが今に現界に写って来ると、それは実に結構な事になるのです。 後略(御教え集33号 昭和二十九年四月十七日)

 前略 だからソ連というものはガタガタになって来るのです。ソ連がガタガタになるという事は、共産主義というものがガタガタになって来ます。それは救世教団にちゃんと型が出てます。
 知っている人は知っているでしょうが、これはあんまりはっきり言えない事だから、覚るよりしようがありません。だから共産主義というものは亡びる段階にはいったとみて良いです。
 そうなると、ではアメリカはどうだというと、アメリカは大いに思いどおりになったから、これから良いだろうと思うかも知れないが、ところが神様の経綸から言うとアメリカが大変な事になるのです。或いはソ連以上に苦しむ時代が来るかも知れない、でなくて、すぐ来るのです。それはまだはっきり言えませんが、とに角アメリカ開国以来ない事があるのです。
 それで神様の経綸から言うと、アメリカ、ソ連は勿論ですが、素晴らしい大変化があるのです。これはおいおい話しますが、それがそう長くはないのです。今年中に現われると見てます。これが破壊と建設、建替え建直しというわけで、それがあってから救世教というものが本当に仕事をし、本当に世界的に現われるのです。ですから今はその時の準備の仕事をしているわけです。後略(御教え集21号 昭和二十八年四月十五日)

 前略 アメリカの思想及びやり方に対して一大変化が来ます。これも神様はちゃんと型で示してありますが、今ははっきり言えません。まだ覚りで行くより仕方がありません。そこで、共産主義が無くなり、資本主義が無くなり、では世界は何ういう思想、主義になるかと言うと、それがつまり資本主義にあらず共産主義にあらずという、言わば中性思想です。資本主義にしろ共産主義にしろ唯物思想ですから、物そのものによって自分の主義の時代思想を得ようとしたわけです。ところがどちらも、唯物思想では間違っているという事にだんだん気がついて行くのです
 というのは唯神思想です。唯神思想というのは根本的に言えば神様は在るという思想と言うか、信念と言いますか、そういうような古くして新しいものです。そういう思想が生まれるのです。
 後略(御教え集21号 昭和二十八年四月十日 京都劇場)

責任者
 
 以上、附記1、2について、本来のあるべき使命と、救世教の型について触れ、罪の源泉にもなる部分が世界の破壊の部分の型である事を確認したい。それは小さくは人で型を示していますが、それが世界に移っているから、どうしようもなく行き詰まり潰れ出す型、であって、その転換には、素晴らしい大変化が始まり、(善と戦っている悪にとっての大恐怖、すなわち文明創造への大事変)

 「神様は在るという思想と言うか、信念と言いますか、そういうような古くして新しいもの」に、やっと気付いていく、という事になっていきます。

   は確かに古くて、新しいものであり、主神様、創造主も古く漠然としていましたが、明確に新しく気付くということが、やはり   というスだと行き着きます。

 ”神様のおやりになる事は凡て型でやつているのです。主(ス)の型” という意味を明確に捉え忠実に実行しそれが、熟せば準備万端、いよいよ大事変へとその軸が回るという事ですから、大変に楽しみなはずです。無論、一厘の絶対力で、今ある黒に対して負けずに白が換えていく、という事

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責任者
 ア行はホツマ文字では○は母音で、そこに・や⊥などが組み合わされます。○とは大地などの形という意味でもありますが、推測ですが、○の本質は形の始まりであるから、天行にあるものと思われます。そうして組み合わせは、チョンから組み合わされ、そこから進化していくと考えられ、すべて○だけでは始まらず、核たるチョンが入って始まるという事です。
 ア行というのは、子音の天行、と同じ意味でもありますから、母音も子音も両方ともア行、ということで、性質の違う同じア行が組み合わさるものと思われます。

御教え

御教え
⦿とは、○の真中にチョンが点いている。只之だけなら別に大した意味はないが、実は此⦿の形程神秘偉大な意味はないのである
 それは何かというと、此○は斯ういう意味である。つまり森羅万象一切の形は○である。第一地球も太陽も、月もそうであり、人間も霊になると他へ移動する場合、○の形になって行く、之は人魂がよく表わしているし、神様でも移動なさる場合、ヤハリ○になられるが、同じ○でも神様の方は光の玉となる。だが人間の方は光がなく、只白色又は黄色の朦朧体であ
って、黄色は男、白色は女である。之は太陽と月に相応する訳である。
 之等の説明は此位にしておいて、肝腎な事をかいてみるが、勿論此世界も○であるが、○だけでは輪であるから、中身は空虚である。人間でいえば魂がない訳であるから、此真中へチョン即ち魂を入れゝば、生きた人間になり、活動が出来るのであるから、⦿とは空ッポに魂が入った形である。
 昔から美術家などがよくいう入魂という言葉が之である。此理によって今迄の世界は、チョン即ち魂がなかったのであるから、以前私は外廓的文化とかいたのは此意味である。何よりも此理は凡ゆる文化面に現われている
 いつもいう通り病気に対する対症療法がそうで、痛みや痒みを外部から注射をして麻痺させたり薬を塗ったり、発熱を氷で冷したり、服薬で浄化を止めたりして、一時的苦痛を免れるのであって、中心には触れていないから根治は無論不可能で、時が経てば必ず再発する。つまり病気の延期でしかないのである。という訳で病原もチョンにあるのだが、それが今迄分らなかったのである。(中略)
 (⦿の文化 栄光 百七十三号 昭和二十七年九月十日)

附記3 御教え 人と文字と文化について

責任者

 旧石器時代から縄文時代へ時代区分され、炭素年代測定法では1万6500年前~3000年前となっているものの、測定する材質により風化劣化や、汚染などで誤差があり、土器から測定した場合はかなり古く数値が出たり、縄文時代の終わりにも出土した物などにより様々な見解がありますので、代表先生が仰ったように、記録物が一番確かとなります。9000千年前などそういった古い記録物は存在していません。


 なお、参考までに、人と文字と文化についての御教えを抜粋させて頂きました。


御教え

 「言霊とは言葉の霊で、『聖書』の冒頭に「始めにコトバあり万物これによって造らる」ということがあるが、これは真理で言葉は言霊界に響くと活動が起り、種々の物質まで変化する。(S24)」


 「神様は極く古い時代、何千年前か何万年前人間の姿で現界に生れた事があるので――霊界に長くいて、今以て人間として生れぬ神様がある。そこでやはり神代時代に地上で生活した。その時のやり方を知っている。そういう意味から、どこまでも神代時代の器物を使うのである。(S26)」
 「これは絶対に出来ませんね。特に何千年、何万年に一人選ばれた人がなるんです。(S24)」
 「又或本に神武天皇以前、数万年前からの記録に、やはり二三百歳から五六百歳までの高貴の御方の御事蹟が、相当の正確さで書いてあった。(S22)」
 「ただ昼の時代はあったには違いない。ただ大きくいうか小さく考えるかである。三千年とか一万年かであるが、大先生の御神示によれば、何万年である。大先生は五十万年前の歴史から御存じだが、人類の出来たのはその頃で、稲は五六粒しかならなかったとの事である。太古は洪水が多いため、高い所に大きな御殿を建てた。木花姫は皇后様といわれている。これは本当らしい。昼夜の転換は一番短いので三千年である。(S24)」




 「言霊は初めからある。人間が神様から造られたと同時にある。
 それに意味をつけたり作ったり、人間が工夫した。これも神様がやられた。
 文字はその後に生れた。最初は象形文字である。絵のように表わした。
 片仮名が一番古い。神代文字はローマ字と似ている。日本の文字は古くない。ヨーロッパが古い。文化もそうで、ピラミッドなど五千年前である。日本のは新しい。一番古い時代は、竹の皮とか石や大きい木の葉へ泥で書いたり、小刀で傷つけたりして書いた。そういう化石が出る。文化は、日本は割合い新しい。木の直径が三尺位のが石になっており、年輪も見えている。葉の化石とか動物の骨の化石などもよくある。菊の葉の化石もある。これらは五、六千年も経っている。平仮名は新しい。漢字は支那で出来た。私は七千年前まで、神憑りで知った。それからは出ない。六千年前から大変動があった。それから又新たに文化が造られた。(年代不詳)」 


 「一万年前印度から蕃人が日本へ征めて来て、九州へ上陸し山陽道の中程まで来て途中、難破して、その一部は台湾の生蕃(せいばん)となった」
 「文化の最初は薩摩で、およそ一万年以上前である。」


 「神武以前、一番最初に文化の入つたのは薩摩である。歴史が長い程罪は多量に堆積せるものとみるべきで、従而浄化も多く行はれる訳である。(S25)」
 「九州の本源は薩摩で、鹿児島である。今日の日本の文化の一番最初が鹿児島である。今迄の文化の発祥地であり、その発祥は七千年以前である。七、八千年前、既に金を掘った。(年代不詳)」
 「一番最初拓け初めたのは薩摩の国で、薩摩から九州が拓け、九州から日本が拓けたのである。薩摩の島津の〔○十〕の紋所も、日の丸の国旗が、初めて出来たのも、深い神秘があるのである。(S25)」

 「大体合っている。立派なものである。五色人が毎年日本へ来る。その時日本の皇大神宮の御宮は、間口が四百間、奥行は五百間あり、高い所へ建っている。その頃は洪水が多かった。木花咲爺姫皇后は富士に住まわれた。越中立山にも跡がある。そして五色人が渡航して来て、御殿へ詣でた。これは嘘ではない。(S24)」

 「私は、これは日本独自のものではなく、ヨーロッパのものだと思ってます。丁度ローマ字ですからね、横に書くんだし。日本の歴史以前にもヨーロッパ人や印度人なんかゞ日本に来てるんですよ。神代文字っていふのはそれだと思ひますね。(S24)」


 「国常立尊が天照大神から命ぜられた時が九千年前である(S10)」

9000年前~6000年前 【一派知識】

インド・ヨーロッパ祖語(これより派生して現在、 英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・ロシア語・ギリシア語・ペルシア語・サンスクリット・ヒンディー語・ウルドゥー語などの言語となっていく)

 のち、インド・ヨーロッパ語族 (サンスクリット語、ペルシア語、トカラ語、ギリシア語、ラテン語、英語、バルト諸語、ロシア語)
 中国では、9000年前にはすでに竪穴式に住んでいた。



 「漸く人間らしくなつたのが、大体エジプトですね。あの時代ですね――人類の文化の最初と言うのわね。だから、大体五、六千年前からですね。その前は、文字は無く、半獣生活ですね。(S26)」

 責任者 この時か定かではないですが、庶民は、農耕や狩猟生活をして、人間文化らしい文字はなくとも、言語はあったということです。

 5000年前位(エジプト文明同時期)にメソポタミアで世界最古のシュメール文明(絵文字から楔形文字 60進法・太陰暦・レンガ積上げの塔作り)



 「漢字は一番古く、次は片仮名、一番新しいのは平仮名」

 「片仮名は神武天皇前後(年代不詳)」


 責任者

 言霊(言葉:霊)→ 象形などの表意文字(体)
 → 5、600千年前にヨーロッパから伝わった神代文字 
 → 天孫民族が漢字を用いつつユダヤ教が浸透された頃、ローマ字完成
 → 神武天皇前後にカタカナ→ ひらがな→ いろは(漢字混合)

にチョンの預言書」 ホツマ文字解説4 組合せ()

責任者
 
 以下、御講話を理解しやすいように、私個人が用意した図を載せます。なお、ヲシデとは、ヲシテ3文献と呼ばれている「ホツマツタヱ」「ミカサフミ」「フトマニ」などに使用された、やまとことばの神代文字といわれています。

 “言霊学上ア行以下各行の働き、意味につき御教示を御願ひ致します。
  
  “ア行は天、火、霊の働きで、オ行は地の働きです。ウ行は中間。

     ア行、基礎音、上の働き、例へばアタマ等。

     カ行、物を区切る働き、カ行音の人は几帳面です。

     サ行、天狗の音、サ行音の人は天狗で、云ひ出したら聞かない。

      サ行音が二つの人は特にさうです。

     タ行、物を強める働き。

     ナ行、地の音、七の働き。

     ハ行、開く、又火の働き、八。

     マ行、女性音、オミナ等。

     ヤ行、速度の働き。

     ラ行、竜神の働き。

     ワ行、和、輪、柔らげる働きです。

             (御光話録 昭和二十三

附記4「言霊学」についての参考

言霊学についての御教え



■ 七十五声


“これは言霊には二十五母音五十声あり全部で七十五声になる、それから出ているのです“

”いろは四十八文字であるが、本当は父音五十、母音二十五、これが本当の日本の言葉で、一つ一つに働きがある”




■ 言霊学 と 真の言霊学


“言霊学っていふものは非常に難しいものなんです。之はごく昔はあったそうですが、中絶してしまってゐたんです。それを本居宣長が国文学を基礎として相当研究した、だから本居宣長が言霊学の開祖といふ訳ですね。之を岐阜の神官の長沢といふ人が宣長から学んで或程度の進歩をさしたんです。そしてその長沢の弟子が出口王仁三郎なんですよ。だから出口先生も相当言霊が判ってたんです。で、私は出口先生からも教はりましたが、それと神様から知らされたのと両方ですよ。だから、私が一番言霊学を知ってる積りですがね。然し、言霊の事は判ってゐても発表出来ないんですよ。何故かって言ふと、本当の言霊が判るといろんな事が判ってしまふからです。最近は未だいゝんですが、”(S25.4)

” 平田篤胤はあまり言霊はやらなかつた。霊の研究ですね。浅野式の方ですね。”
“「元、大本教の清友先生の本を見ましたが――」あれは、言霊を知らないですよ””言霊学上絹物とは着ぬ物であり、木綿は気がモメン、家庭がモメンというのであるから実に滑稽”


“言霊学は七十五声全部を説明しなければならぬ。私はそれをかこうとするが、まだ時期が来ないので、それを待つているのである。というのは、言霊が本当に判ると、色々な神秘が判るので、経綸上支障があるからである。”(S26.2)

“書こうと思つているが、どうも神様から許されない。と言うのは訳があるんです。言霊が分ると神秘が分るんです。土地でも名前でも、神秘が分るんです。すると具合が悪い事がある。”(S26.12)

“言霊は神秘なもので、世界には神秘がある。特に日本には神秘がある。これが今にはっきりする。この神秘が判った事が見真実である。(年代不詳)”


“勿論、ふつうの人でも信仰が深くなればその手前までは行けますよ。そして、将来は世界中の人がそこまで到達するようになるんです。けど、いまはまだ秘密なんですよ。やはり邪神がいますからね。”(S24.9)




■ 根源的な言霊が分かる時代に入った


結局この見真実を分からせるために私がいろいろ説いているのです。要するに信仰の目的は早く見真実になることです。そうするといろんなことがよく分かります。(S29.3)



言霊学についての一般的情報

  ウィキペディアなどよりの情報


古史・・・神代の史書

■ 「ホツマツタヱ」 『秀真政傳紀』

 三輪季聡(すえとし)が、大三輪氏の祖神・大物主櫛甕玉命(くしみかたまのみこと)が記したとされる神代の伝承に、その後の歴史を交え、景行朝廷(西暦57年)に献上。

 同家の傍系の井保家が写本し、近江の三尾神社にも奉納。さらに小笠原通当によって書写された写本を、1966年古本屋で松本善之助氏が発見。

 全文が秀真文字で書かれた五七調の叙事詩で、特徴は、記紀のアマテラスが男神アマテルと書かれている。

 宇宙創造において、原初神・国常立から流出した地水火風空の五元素が組合せ創造。古代インドの宇宙観にも同様説が残っている。

 イサナミがアマテルを産んだ際に嬰児は胎衣に包まれて卵のように見えたとあり、朝鮮の国生み神話にも卵生の説話が残っている。

 高天原は日高見国にあり、その日高見国を仙台地方とされている。
 天孫降臨はニギハヤヒとニニギの二度あったとすること、などである。
 また、国常立の八人の子(八御子神)の最初の文字を順に読んでいくと「とほかみえひため」となる。
 御役所的権威の伯家神道の「とほかみえみため」がずっと主流で、相手にされなかったが、実は伯家のが誤伝である。


 世の中では乱れた言霊が広がり、それが為に生じた世の災いを正すために、イサナギ、イサナミが、「あわうた」を作られ広められ、世の言霊を正された。

 アカハナマ  イキヒニミウク

 フヌムエケ  ヘネメオコホノ

 モトロソヨ  ヲテレセヱツル

 スユンチリ  シヰタラサヤワ

■ 「ふとまに」 (太占)

 ホツマ文字。編集者はアマテルカミ(天照大神)

フトマニとは、言霊が吹き出す完全な真という意味で、

ひとつひとつの文字がそれぞれの働きの神の配置となっている。

真ん中上から割いて広げれば、原子の周期律表と同じ配列。

ホツマ文字48と、中央に「ア ウ ワ」がある

  • 中央の輪  アウワ 

   アは天、ウは神の最初の一息、ワは地
   アウワ神 は造物主
   

  • 1番目の輪 トホカミヱヒタメ
       
    トホカミエヒタメの八神は、国常立神の子とされる

   ヤカミはヒトのタマのヲの フみフらせて
   「八神は人の魂の緒を  含み(地球に)降らせて」  

   ナガタエを ムびヤワせば
   「寿命を 魄(シイと)結(ム)び和(ヤワ)せば」

  • 2番目の輪 アイフヘモヲスシ

   アイフヘモヲスシの神は、五臓六腑の調和を司る

   キツヲサネ イクラムワタを ととのえり
   「東西中南北 五臓六腑を 整えり」

  • 3番目の輪 その他の音韻(ミソフカミ)

   ミソフ(三十二)の神は、人体を司る 
 
   ミメカタチ ヒヨのまにまに マモらせば
   「三十二の神は 容姿を 日夜守っている」



■「みかさふみ」(三笠紀)」

 ホツマ文字で書かれている五七調の文書

■「カタカムナのウタヒ」

■「うえつふみ」(上記)

 1223年に豊後の大友能直ら七名によって編纂。
 豊国新字、という神代文字。スサノオに始まる出雲七代の歴史から神武天皇まで。
 特色は、『古事記』との関連が著しいが、『古事記』より詳細な記述も多く、説話に女権的色彩が濃い。





古伝・・・神代の伝記

■「九鬼神伝精史=通称は九鬼文書」

 九鬼家の遠祖で天児屋根命の時代に記録された神代文字の原文を、藤原不比等が漢字に書き換えてしまったのを九鬼氏が保管。
 特徴は出雲王朝を正統としていることである。万国の首都である高天原は出雲の地にあり、スサノオの系譜に現在の天皇が繋がると記され、また、ユダヤとの交流も記されている。

 ”天の児屋根命(アメノコヤネノミコト)は藤原家の大先祖である。”

■「竹内古代史=通称は竹内文書」

 天津(あまつ)教の武内家に代々伝えられている。

 象形文字や神代文字(シンダイモジ)で記されていたが、神代文字はカイダ文字に非常によく似ている。

 武烈天皇の勅命により、5世紀後半に武内宿禰の孫、平群真鳥(ヘグリノマトリ)が漢字も用いて写本を始め、のち巨麿まで16回写本。なお、写本の多くは焼失されていた。

 王仁三郎
「竹内古文書はわしが神界から聞いているのとまた少し違っているところもあるが、また信ずべきところもあり事実もある。鵜沢博士はこれを読んで感心して世の中が変わると云ふているのである。わしも神界から聞いているけれども、そんなこと云ふたら日本の国が潰れてしまふさかいあくまで此のままで押し通して行かねばならんので黙っておるだけじゃ」

 【御教え】
 ”神武天皇が天下を平定した時、日本に古い歴史があったのを不知火の海へ捨てて抹殺してしまった。その一部を竹内氏が持って逃げ、越中の地へ埋めた。これが武内宿弥の先祖である。その記録や巻物などを査べて創めたのが天津教で、竹内巨麿という人である。(S24. 6. 8)”

 ”埋めたという。ある軍人がそれを又掘り出した。神代文字の記録で、神代文字の研究家酒井勝軍が翻訳してみると、神武以前七十二代の天皇の系図や記録があったという”

 メシヤ様は、正しいところもあると否定はされず、御調べになられていた。

■ 「富士高天原朝史=宮下文書」

 秦の徐福が渡来し、紀州熊野に到着した後、富士山麓に住む。
 阿祖山太神宮に伝わる伝承を編纂。

■「物部秘史=通称は物部文書」

 成立・編者ともに不明。秋田県の唐松神社の神主・物部家に伝来した。

 祖神ニギハヤヒの鳥海山降臨と、天日宮の建立、物部氏による大和西遷、長髄彦との和睦、神武への従属、神攻皇后の北海征伐、崇仏戦争の敗北と物部氏の故地回復などが、縁起譚となって記されている。
 また、聖徳太子が神として美化され仏教説話的奇譚で飾られている
文体からは古代まで遡るものではなく、阿比留草(あひるくさ)文字が使われている。

■ 東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)

 藩主が藩史編纂。
 古代津軽の荒吐族(先住民)と大和朝廷との抗争
 荒吐族の末裔である安倍氏・安東氏・秋田氏の活躍と没落。

 神武東征によって邪馬台国を追われた安日彦・長髄彦兄弟の一族、中国系渡来民の混成によって成立した民族であり、いわゆる蝦夷の主力だという。

 【御教え】
“彼の歴史上にある八十梟帥(やそたける)、長髄彦(ながすねひこ)、川上梟帥(かわかみたける)、熊襲(くまそ)等の群族がそれである”

■ 先代 旧事本紀 大成経(せんだい くじほんぎ たいせいきょう)

 聖徳太子が推古天皇の命を受け編纂。伊雑宮(いさわのみや)の神庫から発見された。

 歴史と文化について、膨大なスケールの文献で、神儒仏三教一致思想が根底にある。
 歴史的記述は、長髄彦の陸奥亡命説や飯豊皇女を「清貞天皇」として天皇に立てていたり、 伊雑宮の方が伊勢内宮より古くからアマテラスを祀っていたなど、謎が多いとされる。

■ 契丹古伝(きったんこでん)

 日露戦争中、ラマ教寺院に駐屯中の浜名寛祐が、広部精という軍人からこの巻物を見せられた。もとはある古陵墓より出土した秘物で、同寺院に厳重に保管するべく託された。

 スサノオ尊と同定とされるコマカケが、聖地・白頭山に降臨したという神話を核心とし、シウカラ(東大神族)とよばれたその末裔たちが、韓・満洲・日本の3大民族の祖として大陸に雄飛したことを伝える。

※世間的には文書消滅

 大化の改新(645年)白村江の戦い(663年)の時代に、日本固有の文字と文化、先住有力氏族の記録がすべて消滅させられた(王家のものも)。
この主犯者は、白村江の戦いで日本海周辺を占領した唐(中国)の軍隊と首謀者である。
 日本の国文学者や知識人の多くは、日本に固有の古代文字があったことを、頑迷に否定し続けている。
 古くは斎部広成が『古語拾遺』の序文で「上古の世いまだ文字有らず」(807年)と記しているし、宣長も「日本には仮名の成立以前に漢字以外の文字は存在しておらず」と述べていることを根拠としているなど。





古神道での文書や口伝など


■ 伊勢神宮の神宮文庫には、神代文字で書かれている奉納文が数多く奉納されている

 藤原鎌足や稗田阿礼、和気清麻呂、菅原道真、平将門、源義経、木曽義仲、後醍醐天皇、舎人親王などが書いて奉納した。



■ 伯家神道(はくけ。朝廷の祭祀職長官、神祇伯の、ある家族に継承。金光教と縁。)




■ いろんな神代文字


 日本で発明された古代文字が世界各地に伝えられ、各国でいろんな象形的な表意文字が出来たとも言われている
 (逆輸入され日本人の字となったのは、漢字であろう)

 アメリカ碑文学会では、世界の様々な文字を調べるうちに、原始宗教や、文字も地球規模に拡散伝播されていたことがわかり、元の世界的文明は一つであった、という見解方向にあるという。

■ 神代文字で世界中の古代遺跡にある古代文字が読める、と言われている

■ シュメール文字やバビロニア文字、ギリシャのピロス文字、中国の甲骨文字のルーツと思しき文字が、西日本一帯において、日本人が世界各地と交流していた形跡が多数見られる。

 特に、神の聖域において、岩に刻んだビックリする文字が全国ある。日本でも数百個見つかり、シュメール文字とみられている。

 関東のある有名神社で、「決して入ってはならない!」といわれてきた神の聖域の山に入り、御神体としていた岩を掃除した神官が、突然真っ青になって人払いをし、その岩を幕で覆ってしまったという話がある。
 
 神武天皇となった神磐余彦が船出した場所の「神武天皇船出の磐」といわれてきた宮崎県日向の岩から、シュメール古拙文字もしくはシナイ文字と判断される文字が見つかった。

■ 伊勢神宮をはじめ日本各地の神社に「神代文字」と呼ばれる古い文字で書かれたお守りや札や奉納文、神璽が伝わっていることや、全国各地に神代文字と思われている文字が刻まれている巨石が残っている。

 ただ、伊勢神宮のものは、阿比留文字(日文(ひふみ)ともいう。朝鮮と近い、対馬の豪族・阿比留家が作った神代文字。朝鮮に渡り、ハングル文字となる)、イヅモ文字がおおい。

■ 朝鮮では漢字(表意文字)を使っていたが、突如、ハングル文字(音標文字・・・単独では意味が無い)が出来たので、御手本となったと思われるのが以下の日本の阿比留文字である。

■ 平成3年、佐賀県大和町の東山田一本杉遺跡から出土した弥生前期末の甕棺から、「古代南インドの象形文字」が発見される。




復活した言霊学 の系譜


江戸中期ころ

 国文学 四大人 荷田春満→賀茂真淵→ 本居宣長 →平田篤胤
 
   神道復古・・・儒教・仏教などの影響を受ける以前の
          日本民族固有の精神に立ち返ろうという思想

   江戸時代・・荷田春満(かだ の あずままろ)
          『万葉集』『古事記』『日本書紀』の研究

 賀茂真淵 『語意考』が、のちにカナに一つ一つ意味があるとする音義説(イロハ派、言霊派、五十音派)と称されるものの成立に大きな影響を及ぼした

 本居宣長 江戸時代。国学者、医者。解読不能に陥っていた『古事記』の解読に成功、註釈の集大成『古事記伝』が有名。
 言霊学の中興の祖 国文学を基礎として言霊学を研究し、言霊学を再興、開祖。言霊学といえば彼。
 七十五声  五十の父音 二十五の母音(濁音) 

江戸後期


 ■ ほつまつたえベースの言霊学 山口志道 
国学者でもある。

 「天地の水火(かみ)と人間(ひと)の水火(いき)と同一」と主張し、五十音と片仮名の発生を呼吸と結びつけて解釈し、それをさらに『古事記』上巻の神々の発生と結びつけた。

■ 神道霊学ベースの言霊学 中村孝道
(妹ウノ、が王仁三郎の祖母) 
 国学者でもある。

 山口志道に対して、中村孝道は「七十五声は即ち天地の声」と主張し、五十音ではなく、七十五音の音義を解釈し、特に「ス声」に着目した。同時代の平田篤胤にも同様の視点と志向性があるが、その言霊思想は神代文字論にも及び、特に「ウ声」を五十音の根本と考えた。
 隠されてきた、○にチョン、というスの秘儀を復活

■ 大正時代 中村孝道の弟子、大石凝真素美
  先祖は、大伴氏(天忍日命 甲賀の油日神社祭神)

 中村孝道の言霊七十五声説を元に、山口志道の「火水」の象徴図形を加えてみずからの言霊説を展開した。大石凝は七十五声を独特の十八稜図に表し、その中心に「ス声」とチョンを位置づけた

■ 言霊学 岐阜の神官の長沢雄楯(ながさわ かつたて)
  宣長の弟子、深く進歩させる。

  本田親徳の弟子でもあり、神霊学も学び、本田とともに、一霊(直霊)四魂、を説く。 

□ 神道霊学 平田篤胤  
  神道復古を発展。

 宣長死後に鈴屋で霊学「直日霊」などを勉強。霊の研究であり、浅野和三郎式。言霊はあまりやらなかった。

□ 明治 神道霊学 本田親徳 
  神道復古を発展。平田篤胤などの影響を受けながら国学。

 「狐憑き」の少女と出合い神霊研究。“鎮魂帰神法”開発。

 正神に181階級あり、邪神もまた同じ181階級あるという。

王仁三郎 
 長澤の弟子。
大石凝の弟子(山口、中村の影響も大いに受ける)
 本田“鎮魂帰神法”も学ぶ。

 「言霊隊」なる組織「言霊閣」という建物を作って言霊の言語実践。言霊学をより高いものにし、相当に言霊がわかった。
 (大本を離脱し、出口批判をした清友氏は言霊がわかっていない)

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