芸術

第五篇『自観随談』

浪花亭愛造 (自観叢書 第五篇 自観随談 昭和24年8月30日)

私は若い時から浪曲が非常に好きであったから茲に書いてみよう。私の浪曲好きは関東節に限る
第五篇『自観随談』

団十郎の芸 (自観叢書第五篇 自観随談 昭和24年8月30日)

ある意味において名人が人類に対する功績はすこぶる大きなものがあり、全く我々は名人に感謝すべきであると思う。そうして名人とは天才が努力の結果なるのであって、凡才の努力の結果が上手となるのであろう
栄光

私の仕事を邪魔しないで呉れ(下) (栄光132号 昭和26年11月28日)

私は世界文化の為と、日本将来の為を思い黙々として努力して来たのであって、神助によって兎も角順調に進んで来た今日、満足には思っているが、此事業は私が行らないとしても、誰かが行らなければならない切実な国家的、否世界的事業であり、それが早ければ早い程、文化の向上に資する処大であろう。
教えの光

音楽奏者の働き、世界平和、宗教教育『教えの光』(1.宗教、科学、哲学、芸術の問題 ) 昭和二十六年五月二十日

会主義は実に不公平な政治であり、共産主義はピラミツドを逆さに立てたのと同様である。資本主義は福助(ふくすけ)政治で頭だけ大きくて、身体や足がやせている。すべて片寄った主義は全部駄目でいまに理想的なものがで
教えの光

芸術の極致 『教えの光』(1.宗教、科学、哲学、芸術の問題 ) 昭和二十六年五月二十日

芸術の極致は自然のままを描写するのでなく、人格を通して真善美を表現するのである。西洋でも印象派以前は写真のように克明に画いた。これは本当の芸術ではなかった。ところが日本の光琳の画がフランスへ行った。光琳の画は無線で、単純なもので、これを見たフランス人はびっくりした。
神霊科学

「妙智之光」(1)地上天国 第十六号 昭和二十五年八月十五日

今に想念の無線電波時代が来る。例えば、空中に字を書くとか話するとかすると、何千里先までも通じたり感じたりする。これは今でも、或程度はある。人心の機微をつかむなどというのはそうで、政治家なども、此人心の機微をつかむ事が重要
栄光

天国は芸術の世界 (栄光 七十二号 昭和二十五年十月四日)

吾々が病気を治すのも、農耕法を改革するのも勿論芸術である、前者は前述の如く、生命の芸術であり、後者は農業の芸術である、之に加えて吾等が地上天国の模型を作るのも美の芸術であって、右の三者の合体によって、真善美の三位一体的光明世界が造られるのである、之即ち地上天国ミロクの世の具現である。
栄光

展覧会を観て(下) (栄光 七十一号 昭和二十五年九月二十七日)

巨匠名人といはれる程の画人は、例外なく客観性を逸してはゐない、厳とした主観があってそれを客観で包んでゐる、例えば主観とは人間なら骨である、骨を包んでゐる肉や皮膚があってこそ客観の美がある、処が今の油絵は皮膚や肉がない、只骨の露出だ
地上天国

物を識るという事 (地上天国十六号 昭和二十五年八月十五日)

この物を識るという言葉ほど、深遠微妙にして意味深長なものはあるまい。恐らく此語は世界に誇っていい日本語といえよう。
芸術

御教え集29号 昭和二十八年十二月二十三日 御誕生祭 (御生誕祭) 昭和二十九年一月十五日発行

私は今日で満七十一歳になります。それで今日は皇太子様の御誕生日にもなるので、余程私と因縁があるように思われます。皇太子様は明仁と言って、やはり「明」の字で、私は明主なのですから、これも不思議と思われます。
日々雑感

[日々雑感]観音講座「第六講座」を読んで、令和二年夏の「よみがえる正倉院宝物」展の感動ふただび!

あの有名なゴッホも、日本から大きな影響を受けたのだなーと言うことを実感したのでした。
信仰雑話

宗教と芸術 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

今日迄、宗教と芸術とはあまり縁がないように多くの人に思われて来たが、私は之は大いに間違ってゐると思う。人間の情操を高め、生活を豊かにし、人生を楽しく意義あらしむるものは、実に芸術の使命であろう。
御垂示録1号 

※愛人、日本画、書、総合芸術、井戸 御垂示録1号 昭和二十六年八月八日⑤

綜合芸術と言うものが之から発達して行く。今迄色んな色を作つたでしよう。今度はその色々な色を混ぜて絵を画く。そう思えば一番分る。
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美術館建設の趣旨 チラシ、昭和27(1952)年

元来美術品なるものは、出来るだけ大衆に見せて、楽しませ、知らず識らずの内に人間の心性を高める事こそ、その存在理由と言えましょう。とすればまず独占思想を打破して美術の解放であります