法難

御教え集

*法難、宗教改革 御教え集2号 昭和二十六年九月十八日

こう言う具合に色々説いていくんですが、興味があって、知らず知らず深い所が分かっていくんです。深い所に入っていくと、中々面白いんです。仏教から神様に入り、そう言う関係を説いていく。
御教え集

御教え集2号 昭和二十六年九月五日 *法難

今迄悪人がのさばっ て、善人が引っ込んで、頭を押さえられていたが、これが非常に悪い。私は飽く迄も、善は助けなければならないと思う。大いに善を広げて、悪人とか――悪はやっちやいけない、しない様にする。と言っても、我々だけでは中々だから、そうするんだと言う機運をつくるんです。そうしなければ、本当に良い世の中はできないんです。
日々雑感

〔日々雑感〕み教え集1号の*『新しき暴力』に触れたお言葉を読んで思ったこと。

ドラマを見た時、世界メシヤ教の”法難”の事を思い出し、背景に働く大きな力の思惑によって、投獄なども簡単にできるんだなと思いました。
法難手記

御教え集1号 昭和二十六年八月二十八日 *『新しき暴力』 (昭和二十六年九月二十日)

昨日の『読売』と今日の『毎日』に『新しき暴力』と言う本の広告がありました
御教え集

御教え集1号 昭和二十六年八月十六日 ※法難 (昭和二十六年九月二十日)

言論機関——ああ言うものを使う場合と、役人を使う場合とあるが、役人が一番始末が悪い。法律と言う武器を持っているから。役人と言う鎧を着て武器を持ってやって来るからね。こっちは無手ですからね。だから去年なんか、ああ言う目に会ったミクロの世になる迄続くんです。もちろん神様の方が勝って行くんですが、色々あります。
地上天国

巻頭言 (地上天国十六号 昭和二十五年八月十五日)

従来、巻頭言は私が書いてゐたのであるが、御承知の如く思はざる今回の突発事件の為、本誌十六号は殆んど出来かかってゐたのであったが、中止のやむなきに至った次第である。然し漸く筆を執り得るやうになったから、急遽出版の運びになった訳で ある。
栄光

一つの神秘 (栄光八十三号 昭和二十五年十二月二十日)

先頃、私が入獄中、種々の神秘な事があったが、時期の関係上全部知らせる訳にはゆかないから追々知らせるとして、今は只一つだけの事をかいてみよう。
日々雑感

[日々雑感] 昭和10年元旦開教から終戦まで。雌伏10年。

昭和10年(1935年)1月1日、麹町仮本部で立教した「大日本観音会」は日に日に躍進し、数ヶ月も経つ頃には、もう仮本部の建物が手狭になるほどであった。
法難手記

ナンセンス (法難手記 昭和二十五年十月三十日)

長々と固苦しい事ばかりかいたから、茲で一つ二つ新聞記者諸君や、其他に関するナンセンスをかいてみよう。私が最初連行された時の事である
御教え集

御教え集1号 昭和二十六年八月二十一日(昭和26年9月20日発行) ※御法難の別の面の救い

私は何もないから――良い弁護士を傭う丈の力があるから思いきつてやる。之も印刷にして、裁判長や検察官に配る積りですが、それは何にも気が咎める事がないから出来る。そうすると、今迄泣寝入りして、罪をつくられた人を助けてやる。それから、日本の裁判の非民主的のやり方を幾分でも良くしなければならないと言う、やはり一つの救いです。救いの別の面のやり方になる。
御教え集18号

御教え集18号 昭和二十八年一月三日 ( 昭和二十八年二月十五日)

凡て順序というものは最初は頭の中です。これは霊界に出来るのです。それでこれを、こうしろああしろという言霊に出て、それから本当に物質が現われる、という順序です。それで今は頭の中の霊界では設計が出来てます。それで四月に行って、今度は言霊の設計をやるのです。そこで言霊というものは非常に重要なものです。それは誰がやる事でもそうです。たとえば、ここならここで思いますが、それは霊界にはすぐに出来てしまうのです。
御教え集18号

御教え集18号 昭和二十八年一月二日 (昭和二十八年二月十五日)

富士山を一名昔から「八スの山」と言うのです。「八が統(ス)べる」というわけです。それで「八」は「五三」ですから伊都能売にもなります。そういう様な訳で、これは日本の将来のあり方を表わしているのです。(中略)そういう様でミロクが開けるという、それが二十八年からになります。それで丁度救世教の経綸も凡てそういう形になりつつあります