十四、 真の営養学(『日本医術講義録』第一篇 昭和10年)

    今日の栄養学上、ヴィタミンがどうとか、カロリーが幾許いくらあればいいとか言うことは、実は、枝葉末節の問題であって、営養の根本は食物の霊気其物にあるのである。然し、此霊気なるものは、試験管では測定出来ないものであるから、如何に研究しても今日の学問の程度では判らないのである。カロリーとかヴィタミンとか、蛋白とか、含水炭素とかいう物は、実は、霊気を取除いた後のかすの如きものである。

   各項に於て細説したる如く、人間は霊と体で成立ち、活動しているものであるから、食物も、其霊体両方の営養が必要なのである。凡ゆる食物、夫等もことごとく、霊体で成っているのであるから、新しい食物、即ち新鮮な野菜、漁りたての魚程、霊気を多分に含まれているのである。此理に由って、食物の腐敗するのは、霊気が放出するからである。食物にも霊気保持期の長短があって、穀類は一番保持期が永く、蔬菜そさい類がその次であって、魚が一番短いのである。之は腐敗の時間をみれば、能く判るのである。随而したがって、新鮮な物程、霊気が濃い訳である。併し、干物にすれば、比較的長く保持されるのは、塩の霊気を借りる為と、水分を抜く為とである。(水は元来、右進左退の活動であって、空気とは反対の運動リズムである)缶詰は、密閉して、空気を遮断する為、空気中に放散すべき霊気が、保持されるからいいのである。

    人間の精霊を養うには、食物の霊気であり、人間の体を養う物は食物の体である。しかるに、人間の活力の根源は、霊気の充実にあるのである。体の強弱は、実は、霊気の充実と否とにあるのである。然るを以て、健康の根本は、霊の多量に含む物を食えばいい。さすれば、精霊の活力を益し、精霊の活力が増せば、肉体の強健を増すからである。彼の各種の滋養剤の如く精製されたものは、霊気が発散して、稀薄になっているから、精霊を養う力は殆んど無くなっている為、何程、滋養剤を摂ると雖も、活力は増さないのである。それよりも寧ろ、新鮮なる野菜の如き物を食す方が、どれ程賢明であるか知れないのである。

   今日の科学は、霊を無視し、体のみに依って研究されたものであるから、間違っているのである。最も判り易い、例えば吾人ごじん、人間である。手足や五体が心を動かしているのではない。心が四肢五体を動かしているのであるのと同じ道理である。

   人間を構成している、凡ゆる物質は、幾百種に上るか判らない。主なる物としては血液、細胞、筋骨、毛髪、水分、石灰質等、其一つ一つの中に、幾種類も成分が含まれてあるのである。又各種の臓器、夫等それらが皆一秒の間も停止する事無く活動しつつある。そのエネルギーは何に依るかと言うと、いずれも、食物から抽出されたる、霊素と体素とである故に、凡ゆる食物の成分には、人間の生活力に必要なる成分を、含有されていないものはないのである。故に、理想から言えば、出来得る丈種々の食物を摂るのがいいのである。何が薬だとか、何がいけないとか、人間が理屈を付けるのが、間違っているので、此点からも、食べいと思う物を、種々食べるのが、一番いいのである。

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