HP「御神書」紹介

御教え集30号 昭和二十九年一月六日 講話集 1296

  それから病気について、浄霊でどうして治るかという事を、新しい人から……よく患者などで、ばかによく治るがどういう訳で治るのだろうかという事を聞かれた場合に、はっきりとその説明をする事は、私は今まであんまり書かなかったように思うのです。一度書こうと思ってましたが、最近頻りにそういう気がするので書いてみました。というのは、以前はなかなか医学が喧(ヤカマ)しく、政府が言論の自由をなくしていたから、下手にやって酷い目に遭うといけないからと思って、はっきり書かないようにしていた。それがずっと続いて来たので、あまり徹底しなかったのですが、今度、今言ったような訳で書きましたから、それを読ませます。この説明でもなかなか分り難いのですが、しかしよく話して、そうして考えれば分ります。

     次はその説明ですが、まだすっかりは出来てないが、出来ているだけを大体書きました。とに角この説明は非常に難かしいのです。今のはどうやら分らない筈はないだろうと思いますが、これから先は非常に難かしいのです。科学でもなければ宗教でもないし、今までになかったものだからして、私が考えている事を文章にするのに、うまい文字がないのです。それは、今までにこういう事がなかったから文字が出来ていないのです。だから或る所まで説いてゆくと、それから先は文字がなくなってしまうのです。余程工夫して書いてみたのですが、まだうまくは書けていませんが、出来ただけを読ませます。

     今読んだ中で肝腎な事は霊と体です。体にある毒素が霊に写って曇りとなるという事は、つまり緯の作用であり、それから霊の曇りを取ると、それが体に写って、体の毒素が出るという事が経の作用です。だからこの点をよく知っているとよく分ります。それで緯に写る作用は、つまり体的であるからして、それでは解決はできないのです。それから経は霊主体従で、霊さえ良くすれば体はきれいになるのだからして、 病気は解決されます。経の作用は霊的作用であり、それから緯の方は体的作用だから悪の作用であり、経の方は善の作用という事になります。今の世の中は地獄の世の中という事は、緯の文明のために悪が発生するのです。そして今まで経がなかったのです。無神論というのは緯で、有神論というのは経です。だから、つまり緯だけでは体的だから魂がないのです。経は魂があるのです。それで経というのは天から地軸まで抜けるのですから、これは大変な力です。緯だけではそういった経の骨がないようなものですから、そこで本当の文明はできないわけです。しかし緯がなければ物質文化は発達しない。要するに経だけでは人類は世界に拡がらないです。そこで経と緯と両方が必要なわけです。だからごく昔は経の文化だったのです。文化というよりも、経の働きだったのです。それから神様は、物質文化を発達させるために緯の働きをされたわけです。だからどっちも本当ではないから、経と緯を十文字に結ばなければならないので、それが本当の文明になるのです。この経と緯を結ばせるのが私の仕事であるし、救世教の仕事というわけです。だからいろいろな仕事をやるわけです。農業をやるかと思うと、美術館を造るというのですから、およそ反対ぐらいに違います。そういうようなわけで、なかなか大変な仕事なのです。非常に難かしいようでいて、又非常にやさしいのです。この事を知るにはどうしても既成観念があると、邪魔して分り難いのですが、それを捨てて何んにも囚(トラ)われないで考えてみれば、何んでもなく分ります。話は学校の講義みたいになってしまいました。

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