栄光

東方の光

東方の光 (栄光182号 昭和27年11月12日)再掲 

今から約二千年前位と思うが、ヨーロッパの一隅から東方の光という言葉が生れ、段々拡がって今日は世界中知らぬ者はない程であるが、今日迄此言葉の意味が本当に 分らなかった為、今尚謎のまゝになっているのであるが、私は之に就て真の意味を知らせようと思うのである。
栄光

昼の世界に転換の科学的証明(栄光179号 昭和27年10月22日) 

無論火素といっても本来霊的であるから、体的熱量はないと思うであろうが、或程度の体的熱量はあるので、何よりも私の浄霊である。信者数百人に対し十分乃至ないし二十分浄霊する場合、中には非常に熱くなって、汗ダクダクになる人さえよくあると共に、冬など私の部屋へ入ると暖かいとよく云われる事がある。処が火素の増量は独り病気に限らず凡ゆる面にも影響を受けるのであるから、之が世界的クライマックスになった時が世の終りである。之についても大いに神秘があるがまだ時期が早いから、何れ発表するつもりである
お蔭話

霊的治病 (栄光178号 昭和27年10月15日) 《お陰話》「医師から死を宣告された婦人三日間に亘る痙攣から救わる」

今日迄如何なる宗教と雖いえども之程まざまざと而しかも短時間に大きな利益を与えられた例は、本教信者以外ないであろう。従って本教の病気治療は、科学的には毒素の排除療法であり、宗教的には霊の解決法であるから、つまり宗教と科学と両建りょうだての救いであって、完全なる救いというべきである。
栄光

今や亡びんとする日本画(栄光178号 昭和27年10月15日) 

翠竹野雀 昭和8 – 9年(1933 – 34)頃 竹内栖鳳 私はこの間目下開催中の院展並びに青龍展を観た結果、其感想をどうしても記かかずにはおれないので、ここにかいてみるのである。まず院展であるが、会場へ入るやオヤッと思った。之は間違った...
栄光

葡萄状鬼胎とは(栄光177号 昭和27年10月8日)《お陰話》十二年間の難病より救われ葡萄状妊娠の危機も免る

之は姙娠している蛙を食うとか、或いは水中にある卵子を殺した為祟たたるのである。事実大きい蛙の卵子になるとイタリヤ葡萄の実が繋がっているようで、実に気味の悪いものである。之によってみても唯物医学のみでは、解決出来ない事が往往あるのを知るであろう。
栄光

自由なる信仰(栄光177号 昭和27年10月8日) 

自画自讃で言い辛いが、我メシヤ教に限って其点実に自由である。之は信者はよく知っているが、他のどんな宗教にでも大いに触れるべしと云いっている。勿論研究も結構で、それだけ見聞が拡まるからである。其結果もしメシヤ教以上のものがあったとしたら、いつ転向しても差支えない。決して罪とはならないからで、本当の神様なら其人が救われ、幸福になりさえすればそれでいいのである
栄光

美術品の集まる理由(栄光177号 昭和27年10月8日)

之こそ霊界に於て其作者は勿論愛玩していた人、其品物に関係のあった人等の霊が、大いに手柄を立てたいと思い、適当の順序を経へて私の手に入るように仕向けるのである。何故なれば其功績によって救われ、階級も上るからである。言う迄もなく僅わずかの期間で之程の美術館が出来たというのも全く右の理由によるのである。考えてもみるがいい、今日迄財閥富豪が一世一代掛って漸く出来る位の美術館が、瞬く間に出来たとしたら、到底人間業でない事が誰が目にも映るであろう。
栄光

調和の理論(栄光176号 昭和27年10月1日)

大宇宙の一切は悉ことごとく調和していて、寸毫すんごうも不調和はないのである。従って人間の眼に不調和に見えるのは表面だけの事である。何となれば不調和とは人間が作ったものであって、其原因は反自然の結果である。即ち大自然からいえば、反自然によって不調和が出来るのが真の調和であり、之が厳正公平な真理である。この意味に於て人間が天地の律法に遵したがいさえすれば万事調和がとれ順調に進むのである
栄光

神を見せる宗教(栄光176号 昭和27年10月1日)

何しろ今日迄見た事も聞いた事もない行り方で、素晴しい効果を挙げるので、只驚くばかりである。而も多くの宗教が病気を治す場合、必ずと言いたい程最初から疑っては駄目だ、信じなくては御利益はないというのがお定りで、之が一般常識となっている以上、偶々本教の話を聞くと、最初から大いに疑え、本当に御利益を見ない内は決して信じてはならないというのを聞くと余りの異いさに面喰って了しまうが、中にはそれは面白い、之こそ本当の宗教だ、余程の自信がなくてはそんな大胆な事を言える筈がないとして、反って信用する人もあるのである。
栄光

米国に於ける驚くべき病者の氾濫(栄光175号昭和27年9月24日)

現在米国に於ける主なる病気の統計を、精査記録したものを持って来たので私は之を見るや唖然としたのである。それは余りに私の説を立証しているからである。そうして今日日本人の誰もが思っている事は遂つい最近迄は世界医学の覇権を握っていた彼の独逸ドイツを追抜き、今日隆々たる米国医学の事であるから、定めし素晴しい成果を挙げているに違いないと予想していたであろうし、私もそう思っていた処、事実は全然裏切られており、其悲惨なる現状には驚くの外ないのである。
栄光

菜食のよき例(栄光174号 昭和27年9月17日) 

共に食事をしたが、驚いた事には絶対菜食なので、鰹節も入れずに一人前だけ料理を別に作らした程であったから、如何に徹底した菜食家だという事が分るであろう。まず栄養学者からいったら、無論素晴しい栄養不足食というだろう
栄光

悪の世の中(栄光174号 昭和27年9月17日)

病気と戦争だけは今の処絶対不可抗力である。しかし之も深く検討してみると、悪から発生したものである以上、帰する処一切の災いは悪が因である以上、之を除くのは宗教より外にない事は余りに明かである。処が世の識者たる者之が分っているのか分っていないのか、吾等には判断がつき兼ねるが、どんなものであろう
栄光

薬毒の恐怖(栄光173号 昭和27年9月10日)

歯痛の原因が盲腸手術の為がよくあるのも、一寸意外に思うであろうし、凡ゆる手術の際の消毒薬が色々な痛みの原因になる事も、非常に多いものであるから、身体の何処かに激しい痛みや、執拗な痛みのある場合、既往の手術を想い出せば必ず肯うなずくであろう。
お蔭話

死後浄霊十分にして蘇生させたこの大奇蹟《お陰話》甦生の記録 心臓止まって十分間御浄霊にて動きはじむ(栄光171号 昭和27年8月27日) 

 本教信者が顕わす奇蹟の素晴しい事は、今更言う迄もないが、左の御蔭話は心臓が停止していたのを、十分間の浄霊で蘇生させたという奇蹟である。斯んな素晴しい起死回生的事実は、未だ嘗かつて世界に例がないであろう。若もし之が医学上での成果とすれば、世界医学界の大問題となり、其報道を受けた日本の新聞などは、一号活字でデカデカに発表するであろう
栄光

医学の罪悪観(栄光172号 昭和27年9月3日) 

本教浄霊に来る患者の数は年々増加して、今日は全国で非常な数に上っているが、重難症患者は一人の例外なく、医療の結果そうなったというのである。之等を吾々からみると、最初から何もせず放っておけば已に治っていたのであるが、医療を受けた為に悪化に悪化しつつ重難症となり、遂に死の一歩手前に迄追い詰められた、この種の人の如何に多いかは、膚に粟あわを生ずる位である
栄光

宗教と妨害(栄光172号 昭和27年9月3日)

今度の御神業に於ける正邪の戦いは、古往今来嘗てない程の千変万化、虚々実々きょきょじつじつの大芝居で、只神秘と云うより外はないのである。処でそれについての大きな問題は、地球の一大転換である。それは昔から今日迄の神と悪魔の戦いで即ち夜の世界であったからで、神の方が一旦敗北すると、挽回に相当の時を要したものが、最近に至っては非常に狭せばまって来た事は信者も知る通りである。処が今や昼の世界に移りつつあるから、邪神の力は段々弱まって来た
お蔭話

噫々(ああ)不可解なる哉(栄光170号 昭和27年8月20日)《お陰話》手術を拒んだ盲腸炎浄霊一夜にして全快 

病院内の出来事で、医師が極力手術を勧めるのを無理に押切って、夜通し浄霊した処、翌朝になるや見事全快して了ったのである。其時医師が腹部の何処どこを圧おしても、少しも痛みがないので、周囲の者は皆驚天ぎょうてんしたという信じられない程の奇蹟である
栄光

東洋美術雑観(4) (栄光170号 昭和27年8月20日)

支那美術としては一番陶磁器が古いらしく、今から四千年前既に相当なものが出来ている。其中で今日残っているものにアンダーソンというのがある。之はアンダーソンという学者が発見したもので、其名があるという事だが幸いにもこの陶器の大壷が手に入り、本館へ出してあるからみれば分るが、其様な古い時代に、斯んな好いものが出来たというのは、到底信じられない程である
栄光

医学関係者に警告する(栄光171号 昭和27年8月27日)

各国の専門家等は最大級の熱意を傾けて研究すると共に、政府当局者も医師の指示通りの施設万端、能あとう限りの努力を払っているに拘かかわらず、病人の氾濫は停止する処を知らない有様で、常に悲鳴を上げているのは誰も知る通りである。としたらこの様な誤謬医学は早晩退陣の止むなきに至るのは、火を睹みるよりも明かで、其時期は目前に迫っているのである。という理由は私によって、真の病気の原因が発見されたと共に、機械も薬剤も何等物質的のものを用いずして、如何なる病気も全治可能の方法が生れたからである。
栄光

本教と社会事業(栄光171号 昭和27年8月27日)

そうして今一つの重要な事は、本美術館は位置といゝ、環境といい理想的であるから、之から増えるであろう観光外客に対しても、日本文化の優秀性を紹介する上に於て、相当な貢献が出来ると思うのである。
栄光

起死回生の奇蹟(栄光169号 昭和27年8月13日) 《お陰話》「20mの崖より落ちし瀕死の吾子救わる」 

吾々は常に人間の命は、神の御手にあるものと唱えているが、現代科学で固まった頭脳では、到底信じられないのは無理はない。というのはそれ程の奇蹟はキリストの奇蹟以来、二千年に渉った今日まで未だ聞かないからである。処が左の御蔭話は病院内での事実であるから、何としても疑う余地はあるまい。一信者にして之程の奇蹟を顕わす事が出来るとしたら、二十世紀の大問題である
医学断片集

医学断片集(15~19)*発育の遅れる児童/眼にゴミ/頭脳/赤痢菌/再浄化 (栄光165~169号 昭和27年)

頭の病気は、首の周囲、延髄、後頭部の辺あたりを主として、浄霊するように曰いってあるが、近頃は前頭部から額、顳顬こめかみ等の部分に、浄化の発おこっている人が多いから、その辺をよく浄霊した方がいい。その場合右の辺に掌を当ててみると、熱があるから直じき分る。従って前額部が冷たい人なら、先ず頭はいいと見て間違いないのである
栄光

 天国建設と悪の追放(栄光169号 昭和27年8月13日)

前記の如く愈々悪不要の時が来たと共にそれが今日であるから容易ならぬ問題である。しかし之は臆測でも希望でもない、現実であって、信ずると信ぜざるとに拘わらず、それが最早人の眼に触れかけている。即ち原子科学の素晴しい進歩である。従って若し戦争が始まるとしたら、今度は戦争ではなく、一切の破壊であり、人類の破滅であるが、之も実は悪の輪止まりであるから寧ろ喜んでいいのである。而もこの結果今日迄悪が利用して来た文化は一転して善の自由となり、ここに待望の地上天国は生れる段階となるのである
栄光

『文明の創造』序文(栄光170号 昭和27年8月20日)

人類が数千年の長い間に堆積された処の罪穢ざいえであって、当然この大浄化作用が発生するのである。それを之から詳しく説いてみるが、幸い之を読む人々は救いの綱を目の前に出されたのであるから、何等の躊躇ちゅうちょなく掴つかまれん事である。それを前以もって人類に知らせ、悔改めを私は神に代って勧告するのである。之ぞ神の大愛でなくて何であろう、従って之を知った以上、一時も早く頭の切替へは固より、心の準備に取掛るべきである。そうして審判の最後に到っては、罪深き者は亡び、罪浅き者は救われるのは決定的であるから、之を信ずる者こそ永遠の生命を獲得すると共に、将来に於ける地上天国の住民として残るのである。
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東洋美術雑観(3)(栄光168号 昭和27年8月6日) 

仏像の彫刻は世界最高の水準といえるであろう。実に日本が誇るべきものの一つとして世界的芸術品であろう。
栄光

東洋美術雑観(2)(栄光167号  昭和27年7月30日)

十九世紀の半ば頃と思うが、光琳を最初に発見したのは仏蘭西フランスの一画家であった。この画家が初めて光琳の絵を見るや、俄然驚異の眼を瞠みはったのである。というのはそれ迄ヨーロッパに於ては、長い歳月続いて来た彼のルネッサンス的美の様式が極度に発達し、就中なかんずく絵画に至っては写実主義の頂点に及び、行詰りの極きわみどうにもならなかった
お蔭話

結核新薬(栄光168号 昭和27年8月6日)《お陰話》奇蹟僅か八回の御浄霊にて絶対安静の肺浸潤快復 

吾々の方では結核菌など問題ではないからで、浄霊の効果は菌処ではなく、短期間で雲翳うんえいなどは吹き飛んで了しまい、綺麗サッパリになるからである。之こそヒドラジットの百倍の効果があると言っても過言ではなかろう。下記の実例はそれを遺憾なく物語っているにも拘わらず之を読んでも専門家諸君の反響もあるまいから、全く豚に真珠である。勿論もちろん其理由は宗教なるが故であろう
栄光

美術の社会化(栄光168号 昭和27年8月6日) 

何とかしてこの悪風を打破し美術の社会化を図りたいと思っていた。つまり美術の解放であり、一般民衆を楽しませる事である。そうしてこそ芸術の生命を活いかす所以ゆえんでもあると思い心掛けていた処、私が宗教家なるが故に、信徒の献身的努力と相俟って、割合短期間に完成したのであるから、私の長年の希望が達成した訳で喜びに堪えないのである。
お蔭話

見えざる神は見えた(栄光167号 昭和27年7月30日)

天理教々祖中山ミキ刀自が本教に救いを依頼した霊的事象である。処が之を狐霊とかいてあるが、実は天理教々祖としては、神格上普通の人間には憑れないから、狐霊を使ったのである。之について私は一昨年の事件の際、庵原いはら警察署の留置所に入っていた際、中山ミキ刀自を呼び出し色々話合った末、刀自は今後天理教の信者も救って頂きたいから、御頼みしたいというので、私は承諾した
栄光

新世界の誕生(栄光167号 昭和27年7月30日)

何故今日迄生命に関する程の重大問題が、不明の儘ままであったかという疑問であるが、之も無理はない。そこでこの事を想像してみると、科学文化を或程度まで進歩させる必要上そうされたのであって、之も神の経綸で、過渡期に於ける一時的現象である。それに対して神は其行き過ぎを訂正すると共に、唯物科学の分野と唯心科学の分野とをハッキリさせ給うので、之によって唯物唯心の科学は、歩調を揃えて進歩し発展し、ここに真の文明世界が生れるのである。一言にしていえば現在の旧世界は、ここに終りを告げ、新しき世界が造られるのであるから、私の仕事は其産婆役といってもいい訳である。
お蔭話

黙っては居られない(栄光113号 昭和26年7月18日) 《お陰話》まちまちな医診よりも信頼すべき浄霊 論より証拠治ればいい

危く結核の宣告を下される前に、私は御教えと御力とにより救われました訳です、何とも有難い次第であると思いました。
栄光

憎まれる勿れ(栄光113号 昭和26年7月18日)

 私は、人を憎むなという事を、かいた事があるが、それと共に憎まれる事もいけないのである、というのは憎まれると、どうしても相手の怨み、嫉妬、報復等の悪念が霊線を通じて来る、それが邪魔をして、常に不快感がまつわり、晴々としないから、仕事も巧くゆかないようになり、幸運を妨げられるという訳だから大いに注意すべきである
栄光

再びベルグソンに就て(栄光113号 昭和26年7月18日)

ベルグソンの所謂刹那いわゆるせつなの吾にならないからで、勿論それを意識しないからでもあろう。彼の説によれば人間は誰でも物心がつき始めると、色々な事を聞いたり、伝説や既成学問を詰め込まれたりするので、一人前になる迄には、それが棒のようなものになって心の中に出来て了しまう。だから棒以外の説を聞いても、其その棒が邪魔をして想念の中へ其まま入らない、だから想念の中が空ッポなら、苦もなく入るから直ぐ判る訳で、よく白紙になれなどと曰いわれるが全く其通りである
栄光

地上天国の構想(栄光113号 昭和26年7月18日)

地上天国の基礎条件である天然の風景は固より、花咲く樹木や、種々な緑樹、草花等の色彩美もそうだが、巌石、渓流、池等一つ一つのそれ等自然の持味の美を、最大限に発揮させると共に、凡ての調和に意を用い、渾然たる大自然の芸術品を造ろうと企図しているのである。
栄光

東洋美術雑観(1) (栄光166号 昭和27年7月23日)

そこで一般的に見て興味もあり、一通りの鑑賞眼を得られればいいという程度にかいたつもりであるから、之から美術の門に入ろうとする人の参考になるとしたら幸いである。
お蔭話

眼病もこの通り治る(栄光166号 昭和27年7月23日) 《お陰話》御浄霊により眼病を癒され晴れて再び夫のもとへ

全く迷信医学が膏肓こうこうに入っているからであろう。遠慮なくいえば、現代人特に智識階級の人などは、文化的丁髷ちょんまげというより外に言葉はないのである。
栄光

アレヨアレヨ (栄光166号 昭和27年7月23日)

今度神仙郷が完成し、美術館も出来たが、之は本教モットーである地上天国、即ち真善美の中の美の面の最初の小さな模型であるから、何れはこの模型が段々育ってゆき、世界大となるのは勿論であって、一点の疑う余地などないのである。それから真と善も形はないが何れは具体的に表われる時が来るから其つもりでいて貰いたいのである
御蔭話(御在世当時)など

浄霊は何にでも効果がある(栄光112号 昭和26年7月11日)《お陰話》“仮縫一寸待った”

現代の女性は洋装が多いから非常にいいと思う。何しろ肉体の形がよくなるばかりでなく、血液が奇麗になるから、顔の色艶がよくなり、皮膚に光沢が出ると共に心も爽快となり、晴々しい目付きとなるから、人に親しまれ易く、魅力百パーセントとなるであろう。何と素晴しい美容法ではあるまいか。何よりも本教入信の女性は、例外なくそうなってゆくにみてもよく分るのであ る
お蔭話

光が見える(栄光112号 昭和26年7月11日)《お陰話》言霊から御光が出る

言葉によって色が違うという事は面白いと思う。之は確かにある事で、よく言われる黄色い声とか、白々しらじらしい事をぬかすとか、そんな話を聞くと暗くなるとか、そんな言い草はまだ青いよ、などの言葉もあり、実に面白いものだと思う。
栄光

病気礼讃(らいさん)の弁(栄光112号 昭和26年7月11日)

そこで考えられる事は本教の真髄が一般に判ったとしたら、誰も彼も片ッ端かたっぱしから入って来るに違いない、何いずれは日本人全部が本教信者となるのは太鼓判を捺しても間違いあるまい、そうなった暁こそ、本教のモットーである病貧争絶無の世界じゃない、日本が如実に実現するであろうし、それを見た世界各国の人達はこりゃ大変だと、みんな揃って入信する事になるであろうから、ここに到って愈々いよいよ地上天国出現の運びとな