会話集

御教え集

御教え集32号 昭和二十九年三月十五日

兎に角日本人というものは美的には実に勝れたものです。私はよく仏像を見る場合に、支那の仏と日本の仏とは、こうも違うかと思うくらいです
御教え集

御教え集32号 昭和二十九年三月十五日

今のは学校の勉強時間のような話ですが、これが本当に分れば何でもないのです。逆の方の教育を受けたために非常に分り難くなっているわけです。つまり救世教というものは高度の科学を教えるわけです。だから宗教ではないと言う

御垂示録

御垂示録29号 昭和二十九年三月一日 ※不純水素

“火素の放射によって毒粒子が焼ける。浄霊は物質でないから霊を焼く”とあり、一月三日の御教えに“不純水素というのは、水素中の毒粒子、薬毒が固まったもの”とあり、又他の御論文によりますと“火 素によって全滅し、漿液中に吸収される”とあります。この漿液、毒粒子、不純水素というのは、霊的なものでございましょうか、体的なものでございましょう か
御教え集

御教え集32号 昭和二十九年三月六日  ※薬を徹底的に分析

そういうような工合で、薬と病とは関係ないわけです。薬で病に対し、科学的にどういう理論で治るかという事は全然分らないのです。それは、病気というものが分らないのだから、分らないはずです。ただ飲んでみてちょっと工合が良いから、これは効くのだ、この薬に限るというように思ってしまっているのです
御教え集

御教え集32号 昭和二十九年三月六日

悪い事に趣味が起こらない、それで良い事をするのが面白いという魂になると、それが本当の魂です。ですからウッチャラかしておいても悪い事をしないというので、人が見ているから悪い事をしないというのではいけないわけです。そういう人間を作るのが救世教の本筋なのです。しかし無論いきなりそういう立派な人間になれるわけがないから、教義というものも必要です。しかし根本はもっと上の方にあるのだからして、そこで宗教ではないと言うわけです。