『文明の創造』科学篇「肝臓、胆嚢、膀胱の結石」 (昭和二十七年) 

 

医診でよく言われる肝臓病というのは、実は誤りで、肝臓そのものには異状がないので、只肝臓の外部に薬毒が固結しておるのを間違えたものである。然し勿論其毒結が肝臓を圧迫しているので、苦痛であるのみか、之が黄疸の原因ともなるから、始末が悪いのである。勿論右の如く毒結によって、肝臓を圧迫する以上、肝臓の裏にある胆嚢も圧迫されるから、胆嚢の中にある胆汁が浸出し全身に廻る。それが黄疸である。処が黄疸は皮虜の変色ばかりの病ではなく、胃の活動をも阻害させる。というのは胆汁は胃の消化を助ける為、絶えず輸胆管を通じて、胃に送流しているに拘わらず、右によって胆汁の供給が減るからである。故に此病気を本当に治すには、原因である肝臓外部の毒結を溶解し、排泄させるより外に方法はないが、医療ではそれが不可能であるから、一時的緩和法によって、小康を得るより手段はないのである。

  茲で、結石に就(つ)いてかいてみるが、最も多いのは胆嚢結石であって、之は胆嚢の中へ石が出来るので、その石が胆汁と共に胃に向って流入せんとする際、輸胆管通過が困難なのでそれが堪えられない激痛となるのである。従って医師も特に治療困難な病気としている。近来細い針金様の機械を作り、咽喉(のど)から胃を通じて、捕捉し出すという事を聞いているが余り効果はないようである。処が石の小さい場合通過下降し、腎臓にまで流入するので、腎臓内の尿素が附着し、段々大きくなってゆき、茲に腎臓結石となるのである。そうして困る事には、結石は腎臓活動の為、腎臓壁に触れて疵(きず)が出来る。そこへ尿が泌みるから痛みと共に出血するので、之を医診は腎臓結核というのである。而(しか)も結石は漸次育ってゆき、余り大きくなると致命的となり、医療は手術によって片一方の病腎を剔出(てきしゅつ)するのであるが、其時分は非常に固い石となっており、之を細工をして指環やカフスボタン等に作られた物を見た事があるが、頗(すこぶ)る光沢があって宝石に見紛(みまが)うばかりである。又小さい内膀胱に流入し、腎臓に於けると同様育ってゆく、之が膀胱結石である。処が最も困る事には、其の石が膀胱の入口に痞(つか)える事がある。それをうまく通過しても、今度は尿道口に痞える。両方共尿の排泄を止めるから、尿は漸次(ぜんじ)下腹部に溜り腫れるので、医師はブーチを挿入するが、之も尿道口だけの閉塞(へいそく)なら奏効するが、膀胱口の方は仲々困難なので、遂に生命に関わる事となるのである。

  茲で、最初の胆嚢結石の原因をかいてみるが、之は曩(さき)に述べた如く、腎臓から滲出(しんしゅつ)する薬毒が、漸次(ぜんじ)上部に移行する際、胆嚢の裏面から胆嚢内へ滲透(しんとう)するので、其毒素と胆汁と化合して石となるのである。従而(したがって)、之を治すには根本である背面腎臓部の毒素を溶解し、腎臓を活潑(かっぱつ)にさせ、余剰尿を作らないようにする事で、それより外に方法はないのである。従って本浄霊法によれば、割合簡単に石は分解され、砂の如くなって、尿と共に排泄されるので、短期間に全治するのである。

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