岡田茂吉 『文明の創造』科学篇 主なる病気(二)「肋膜炎と腹膜炎」 (昭和二十七年) | 岡田茂吉を学ぶ

『文明の創造』科学篇 主なる病気(二)「肋膜炎と腹膜炎」 (昭和二十七年)

  肋膜炎は、医学でも言われる如く、肺を包んでいる膜と膜との間に水が溜るので、之が湿性肋膜炎と言い、膿が溜るのを化膿性肋膜炎と言い、何も溜らないのに膜と膜との間に間隙(かんげき)を生じ、触れ合って痛むのを乾性肋膜炎と言うのである。湿性の原因は、勿論胸を強打したり、器械体操の如き手を挙げて、力を入れる等が原因となって発 (おこ)るのであるが、何の原因もなく偶然発る事もある。此病気である膜と膜との間隙に溜る水とは勿論尿であって、医療は穿孔(せんこう)して水を除(と)るが、此方法は割合奏効する事もある。然(しか)し之も癖になり、慢性となり易いが、そうなると水が濃化し化膿性肋膜炎に転化する。又初めから膿の溜るのもあるが、何(いず)れにせよ慢性になり易く、大抵は穿口して其の穴から毎日排膿させるのである。然し斯うなると仲々治り難く、重症となり殆んどは死は免れないが、此化膿性は薬毒多有者が多い事は勿論である。

  湿性は最初高熱と胸の痛みで、深い呼吸をする程余計痛むが、反って水が多く溜ると無痛となるもので、之は膜の触れ合いがなくなるからである。又尿の出も悪くなるのは勿論で、此病気の特異性は、眠い事と盗汗(ねあせ)であるが、此盗汗は非常によいので、之は溜った水が皮膚を透して出るのであるから、放任しておけば出るだけ出て治るものである。之を知らない医学は盗汗を悪いとして停めようとするから治らなくなるので、如何に誤っているかが判るであろう。又化膿性は膿が肺に浸潤して痰となって出るのであるから、之も自然にしておけばいいのである。乾性肋膜炎は滅多にない病気で医診は肋間神経痛をよく間違えるようであるが、之も簡単に治るものである。よく肋膜炎から肺結核になる人も多いが、之は肋膜の水や膿が肺へ浸潤し、安静其の他の誤った手当ての為、肺の中で固まって了う其為であるから、最初から何等手当てもせず放任しておけば結核にはならないのである。

  次に腹膜炎(別名腹水病)は、肋膜と同様腹膜と今一つの膜との間に水が溜って、頗(すこぶ)る膨大になるものである。処が医療は穿孔排水方法を採るが、之が非常に悪く、排水すると一旦はよくなるが、必ず再び水が溜る、すると又除る、又溜るというように癖になるが、困った事には溜る期間が段々短縮され、量も其度毎に増えてゆくので、何回にも及ぶと益々膨大、臨月の腹よりも大きくなるもので、斯(こ)うなると先ず助かる見込はないのである。此原因は萎縮腎であるから、萎縮腎を治さない限り全治しないのは勿論である。

  又化膿性腹膜は、薬毒が膿となって臍(へそ)を中心に、其周囲に溜結するのであるから、腹水の如き膨満はなく、反って普通より腹部は低い位である。之は押すと固い処が所々にあって、圧痛があるからよく分る。然し慢性は軽微の痛みと下痢であって、非常に長くかかり、治るのに数年掛かる者さえある。処が医療は薬で治そうとして服薬をさせるから、実は毒素を追加する事になるので、治るものでも治らない事になって了う。そうして恐ろしいのは彼の急性腹膜炎である。此病気は急激に高熱と共に激痛が伴い、殆んど我慢が出来ない程で、患者は海老の如く身を縮めて唸(うな)るばかりである。医療は切開手術を行うが、之は成績が甚だ悪く、近頃は余り行わないようである。之も本療法によれば一週間乃至(ないし)二週間以内で完全に治癒するのである。之は旺盛な浄化であるから青年期に多いのは勿論である。

  そうして此化膿性腹膜という病気は、人により重い軽いはあるが、全然ない人は先ずないといってよかろう。茲で注意すべきは、よく禅や腹式呼吸、其他の意味で腹に力を入れる人は、そこに毒素が溜結し、腹膜炎が発り易いから注意すべきである。

タイトルとURLをコピーしました