岡田茂吉 岡田茂吉を学ぶ | 超宗教

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教えの光

音楽奏者の働き、世界平和、宗教教育『教えの光』(1.宗教、科学、哲学、芸術の問題 ) 昭和二十六年五月二十日

会主義は実に不公平な政治であり、共産主義はピラミツドを逆さに立てたのと同様である。資本主義は福助(ふくすけ)政治で頭だけ大きくて、身体や足がやせている。すべて片寄った主義は全部駄目でいまに理想的なものがで
2021.09.02
教えの光

宗教と科学、原子力、霊子『教えの光』(1、宗教、科学、哲学、芸術の問題 )昭和二十六年五月二十日 

科学で説明のできない宗教は本当のものではなく、同時に宗教で説明できない科学も本当のものではない。
2021.08.26
地上天国

本教と私 (地上天国十八号 昭和二十五年十一月二十五日)

然し時節が来ない中はどうにもならない。今はまだ天国を造る上に、根本である健康に関する問題と、農業に関する事だけの誤った点を、神示のまま指摘しているのである。
2021.08.26
栄光

宗教以上のもの (栄光百九十四号 昭和二十八年二月四日)

我救世教こそ時代を救い、万民をリードする使命を帯びて生まれた宗教である。
地上天国

私は真理を書く (地上天国二十八号 昭和二十六年九月二十五日)

私の今迄かいたものは悉く真理であって、真理の鏡に照して偽真理の欠陥を晒け出し、改善する方法を諭(オシ)ゆるので、之によって真理と偽真理との区別がハッキリするばかりか、其上事実を以て示すのである。それが彼の浄霊医術であり、自然栽培であり、芸術の向上であり、模型の建設である。
2021.04.08
信仰雑話

宗教と芸術 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

今日迄、宗教と芸術とはあまり縁がないように多くの人に思われて来たが、私は之は大いに間違ってゐると思う。人間の情操を高め、生活を豊かにし、人生を楽しく意義あらしむるものは、実に芸術の使命であろう。
2021.01.08
栄光

救世教奇蹟集 序文 (栄光二百二号 昭和二十八年四月一日)

私はこれ以上かきたいが、それでは純宗教書になるからこの辺で止めておくが、読者はこの意味を充分銘記して、精読されん事である。それと共に本教を以て従来の宗教観を捨て、宗教以上の超宗教として見られん事である。
2020.10.29
大経綸

五六七大祭 (救世五十三号 昭和二十五年三月十一日)

人類発生以来今日まで、右のような大神力は出なかった、それは地上天国準備だけの力でよかったからである、言はば本教と同様これまでの世界は楽屋であった訳である、処がいよいよ時期熟して世界は茲に一大転換と共に、天国樹立といふ神の理想実現となったのである 。 此事が根本であって、之を深く認識する事によって初めて大神業に参加され得る資格者となるのである。
2021.07.07
大経綸

神の芸術 (地上天国十一号 昭和二十四年十二月二十日) 

外でもない、ラジオやテレヴィジョンの発明によって、全世界に起りつつある凡ゆる出来事を一瞬にして知り得るという事程、それほど物質文化は夢の間に進歩したのである。一体全体これは何を意味するのであるかといふ此点が頗る重要事であって、何よりも之に気付かないとすれば、現代文化を語る資格はないというべきである。
2021.02.08
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御教え集32号 昭和二十九年三月六日 (宗教ではないのだから、教義などは要らない)

つまり浄霊をすると疑ぐっても治るというわけです。ところが先は理窟で来ますが、理窟の方が下で、こっちは理窟より上です。それで、研究すればよいのですが、今までの理窟で分らなければ“駄目だ”と、今のインテリなどは見るのです。実に難かしいのですが、しかし本当に分れば、これは又理窟よりかもっと良いものだから、これは離せないという事になります。
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『天国の福音書』 序文  救世(メシヤ)教とは何ぞや       (天国の福音書 昭和二十九年八月二十五日)

この文を書くに当って、前以て断っておきたい事は、我がメシヤ教は純然たる宗教ではないのである。と言っても、一部には宗教も含まれてはいるが、全部でない事は勿論である。では、何故メシヤ教の名を附けたかというと、何しろ有史以来夢想だもしなかった処の劃期的救いの業である以上、止むを得ずそう附けたまでであって、特殊の名前を附けるよりも、この方が分り易く親しみ易いからで、これを卒直に言って宗教以上の宗教、即ち超宗教であり、空前の救いの業と思えばいい

2020.10.20
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