超奇蹟 (世界救世教奇跡集 昭和二十八年九月十日)

       この御蔭話の奇蹟は奇蹟以上の奇蹟であって、恐らくこれ程の超奇蹟は人類史上空前であり、医学関係者は固より、普通人が読んでも只唖然として言葉も出ないであろう。これこそ世界的大問題として取上げてもいいと思うのである。私はこれを読みつつ驚きと共に涙が溢れて来てどうする事もならなかった。若しこれが宗教でなく医学上に起ったとしたら、新聞はデカデカとかき、社会的大きな問題とし、問題になるであろう。処が悲しい哉、これ程偉大なる奇蹟も本教信者以外に知られないとしたら何としても残念である。

 とはいうものの何れ本教が世界的大宗教となった暁、この奇蹟が今更のように人類全般に知れ渡るのは間違いあるまい。従ってこの一事だけにみても、本教は絶対力を 行使される最高神が主宰されている事は一点の疑う余地はないであろう。

     この報告にもある通り、医学では八時間以上尿が出ないと危険だという事になっているそうだが、六日間一滴も出ないのに生命が保ち得たという事は、医学史上未曽有の事として記録に止めて置いていいと思う。何となればこれ程の超奇蹟は科学と宗教の差別を超越して、顧みられないからである。然も尿が停止された為、毬(マリ)の如く膨満したに拘らず、意識不明にはなったが、尿毒症が起らないのも不思議である。否起っても神の力で受附けなかったのかも知れないが、兎に角医学者であっても到底信ずる事は出来ないであろう。

    この事実に対し、何人と雖も批判の言葉も感想も浮ぶまい。只驚きを超越して唾を呑み、目を閉じ、無念無想の時を費すのみであろう。というのは彼の原子爆弾が現われた時、殆んど考えられない程の奇蹟に只唖然としたばかりであった時以上であろう。勿論原爆の方は科学的説明はつくが、この奇蹟に至っては科学でも宗教でも、恐らく説明は不可能であろう。併し仮令説明が出来ても分り得まいから私は書かないが、神の業というものは、人智の世界を超越しているからである。

      只これだけは言える。それは全然無くなった睾丸と陰茎が元通り復活した事実である。今これを説明してみるが、局部の無くなったのは体だけの事であって、霊の方は完全に治っている以上、霊主体従の法則により、体は霊に追随するので、つまり霊の形のままに体的に充填した訳である。これは患部の霊は全体の霊に直結しているからである。この理によって仮令腐蝕でなく、切れ物で切断しても、そのままにしておけば必ず還元するのが生物の原則である。併しそれとても或る一部であってこの奇蹟のような素晴しい事はあり得ないのは勿論である。今一つはこの病気の原因であるが、尿が出ないのは尿道口の周囲に毒素固結し、圧迫の為であったのを、浄霊によってその固結が溶解し、排除されたから尿が通るようになったと共に、その排毒の量が非常に多いのと毒が悪性の為睾丸や陰茎までも破壊消失したのである。

          ああ奇蹟なり!  奇蹟なり!

              六日間(一四四時間)の無排尿を救われ失くなった生殖器を再び戴いて(本文省略)

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