岡田茂吉 江の島片瀬における御講話 昭和16(1941)年7月22日 | 岡田茂吉を学ぶ

江の島片瀬における御講話 昭和16(1941)年7月22日

 時局は風雲穏やかならざるあり、今日のお天気もその雛型のごとき気がする。ここにお集まりの方は病気の治った方、または病気で困った人を救いたいという気の大いにある方ゆえ、病気というものには、この療法の治るという意味を根本的、徹底的に知っておかなくてはならぬので、できるだけ判るようにしたい。

 なにぶん私の療法は、特に病気についての解釈は前人未発ともいうべく、よほど頭を白紙にしないと判り難い。一般の人は西洋医学で教育されているので、私の話とぜんぜん反対なんで、そのつもりで聞かれたい。今後迷ったり判らなかったりする、それは根本的認識ができていないからである。

 私がいま、著している本の序論を読む。

 『明日の医術』第一篇序論

 以上のごとくイギリス、イタリア、ベルギー、オランダなどもみな同じように、特にフランスは早く一八二三年から増加が止まった。これは種痘による。先天性黴毒(ばいどく)は……天然痘毒素。黴毒は遺伝しない。万病尿酸説……尿毒というのは一理がある。脊髄カリエス……悪性肺結核はよく祖先の罪が多い。肺の原因は天然痘。

 いまの医学では肺結核一つでも何百年前から研究してるが判らぬ。半分しか判らぬから迷ってる。研究は判らぬからするので、われわれは研究はしない。喘息など治るから研究せぬ。

 霊と物質の関係はどうかというと、空間は空気のみだといままで思った。空気のほかに別なものがある。それは霊である。空間に霊が充満している。もういっそう判りやすく言うと、空気は物質で、窒素も酸素もとれる。

 霊は物質ではない。霊の存在するため、いま、音楽で音波など言う。あれは霊で、霊をはっきり知らぬが、音楽、電気、光など霊の一歩手前へ入ったもので、もっと進めば霊へ入る。私のほうはそれを早く知った。

 霊界という別な世界があり、一つの社会がある。私は病気の研究をして霊界の研究をした。それから病気の本体を知った。死んで霊界へ行き霊界の生活が始まる。極楽、天国などもある。霊界の世界にはいろいろある。

 仏界、神界などもある。仏界など非常に大きい。仏界からいうと、人間の死ぬのは生まれることになる。ちょうど裏表になるから現界の死を往生という。また生前などという。昔からそれは判っていた。昔の坊さんなどある程度判ったが、科学文明が入って判らなくなった。故に霊と体というものは裏表になっていて、あらゆるものは生き、生まれたり死んだりしてる。人間は肉体と霊体とある。

 魚など霊が抜けるに従って腐る。人間も死体はサックで、いずれは骸骨となり、骸骨が何万年経てばなくなる。

 今日までの科学はまだ霊が発見できない、いずれは発見さるるだろう。霊が発見できれば、もっとずっと科学は進歩する。

 科学のほうでは未だ半分しか判らぬ。なぜかというと、科学は非常に研究する。例えば、ガラスなど下へ落とすことを十何年やって研究しているものもあり、一つ事を研究してる人がたくさんある。これは霊が判らぬからで、霊が判ればなんでもなく判る。

 すべて霊体は主になる。霊は消滅しない。霊が脱出することは、肉体が使い道にならぬからで、おき去りにして出てしまう。そして霊界で浄化作用が行なわれて生まれ代わる。故に人間は生まれながらに馬鹿と悧巧(りこう)とある。いくども生まれ代わった人は、いろいろな目にあってるから悧巧である、新しい霊は低級である。こういうことが判るといろいろ判る。私は死人と話したことがたくさんある。人間のみならず動物になるのもある。これは肉体という邪魔物がなく伸縮自在で、幽霊など戸の隙間からでも出る。

 仏など仏壇の中にも何十何百といる。人間は肉体という物質があるから、思う通りにならぬ。人間は霊が主で体が従である。霊主物従……これが森羅万象の原則である。故に病気というものは霊が主である。薬を服むと薬の霊が霊体のほうへ溜まる。霊の毒をとれば体の毒がとれる。霊の曇りがとれると体の毒もとれる。霊の曇りがとれると体の膿は死んでしまう、すると痛みはなくなる。

 治療によって病気の治るのはどういうわけかいまの話は表で、今度は裏を話す。病気の楽屋を話す。

 いっさいのものは霊と体で成り立っている。霊と体というと、例えば人間は肉体のほかに霊体あり、霊が抜けると死ぬ。霊が入ってるから生きてる。万物はすべて霊と体で成り立ってる。いっさいのものは霊あり、物体でも霊が抜ければ崩れる。

 月は水の魂、太陽は火の魂。両方の火と水の結合したもの……

 月は太陽の光を受けて光り、太陽は月の水を受けて燃える。火は水によって燃える。水は火によって動く。これは万物の原理。

 水があるから火は燃える。夜の世界は水が主だから火が少ない。昼間になると火が多くなる、火のほうが多くなる……これを火素という。いままでは水素が多かった。

 火素を放射すると曇りは解消する。すると膿が溶けてゆく。霊界はだいたい火素の世界で、熱は霊界にある。空気は水の世界、火と水と相まって初めてちょうどいい具合に調和してゆく。昼間になると火素が多くなるゆえ、病気は治りいい。この治療は以前ならできぬ。昼間になったからできる。神の指名により私がやらされるわけである。

 火素が特別に入ってゆく。これはどういうわけかというと、も一つ奥になる。これは宗教になる。悟るよりしかたがない。霊界と物質界との関係が判ればいい。故に押して力を入れる必要はない。奥のほうへ霊を入れるほうが出る。

 故にこの原理さえはっきりすれば、病気の恐れなく、また必ず治るものである。

昭和13年以降、表立った講話会はほとんどなくなり、会場を変えながら食事会として開催された講話会の一つの内容です。

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