それから時間がないから短く話しておきます。講和以前にはあまり話さなかったが、日本民族の優秀性という事です。この間科学者の会議がありましたが、外国でもいろいろな発見や意見がありますが、今に日本が一番になります。今に湯川博士のような人が沢山できて来ます。これは霊的に優秀だからです。それで日本人は機械を動かすとか、そういう事は下手なのです。これも日本民族の根本を知ると分かります。それを知らないからしてやたらに西洋の真似をしたらよいと思っているのです。この間も油絵の事で、そういった方面の人と話したのですが、日本は油絵がとてもフランスに負けていると言うから「それは駄目だ、日本人は油絵がうまくなるような人種ではない。そういう事は外国人に任せておけばよい、日本人は東洋画をやればよいのだ」と言ったのです。それは国民性があるので、日本人は墨絵をやればよいのです。一筆スーッと画いて現わすというやり方ですが、あっちはそういう天分がないので一生懸命に絵具をこするのです。それで効果は同じなのです。あるいは効果は日本人の方が上かも知れません。医者は機械や薬で病気を治そうとするが、こっちはこうやって浄霊で治すという事を日本人は知らないから、骨折って結果がうまくないというわけなのです。私はそういう事もだんだん分からせようと思ってますが、アメリカの目玉が光っているうちは、そういう事を言うと妙に見られますので、ウッカリ言えないが、そういう事もだんだん日本人に知らせなければならないのです。ところが今は何んでも彼んでもアメリカ崇拝です。頭はみんなやってますが、酷いのになると服装から顔から真似て、日本人放れにする方がよいと思っているのです。これも或る程度まではよいですが、行過ぎると又妙な事になります。この間のように信者で髪を縮らせるために強い薬を使って、それが因で死んだ人があります。そういったような悲喜劇があります。今銀座あたりでは、西洋人だか日本人だかわからないような、自ずから、二世のような恰好をしたがっているのがあります。こういうのも今言う西洋崇拝の被害です。というのは民族の違いを知らないからです。それは日本人は霊的に素晴しい優秀性を持っているのです。それを知らないから日本人は世界を相手にして戦争をするという太い了簡を起こしたのです。つまり何時も言うとおり、日本人は何処までも平和の国民なのです。つまり床の間に坐っているようなのが日本人です。そうしてあと座敷で働いているのは他国の人間です。だから日本人は何処までも美術、芸術を主にすれば本当に合っているからうまくゆくのです。大体服装でもそうです。和服というのは働く服装ではないのです。懐手をしてアグラをかく方です。そうして下駄をぬいで上がるという事は素晴しいものです。靴をはいて床の間に上がるという事は獣と同じです。寝室に土足のままで上がって行くのですから、犬小屋と同じ事になります。それは、よく見るといろんな面にあります。ですから日本人と外人、又東洋人でも、朝鮮人、支那人、インド人と違いますが、そういう区別もチャンとあるのです。つまり日本人は頭なのです。
御教え *日本民族の優秀性(御教え集27号 昭和28年10月6日④)

