救世主

未発表

救世主は誰だ(未発表 昭和23年10月20日)

私が信仰生活に入って十数年を経た頃のある日、病気の根本原理と、その解決法とを知り得たのである。嗚呼、その時の私の驚きと喜びは、何人も想像はなし得ないであろう。何となれば今日までの世界の人間のうち、これ程大きな発見をしたものは絶無であったからである。いかなる大発見も大発明も、この事に比較すれば問題にはならない。実に私というものは何たる不思議な運命を持って生れたものであろう。
地上天国

私が神様を拝まぬ理由(地上天国43号 昭和27年12月25日)

神様は最初地球を造る時から、全世界隈なく救世教出現に対する準備をされた事で、之こそ一点の疑う余地はないのである。以上思いのままをかいてみたが、余りに自画自讃にすぎるので記かき辛いが、そうかといって一応は知っておかねば、今後出て来る私の経綸の余りにドエライので、見当のつかない事もあろうと思うから、予め概念を得させようとここにかいたのである
御垂示録15号

*エルサレムの開かずの門(御垂示録15号 昭和27年11月1日②)(再掲)

将来救世主が現われる、其時にそれを御迎えするという準備です。其為に四つの門を拵えたのです。それで三つの門丈は開けられるが、一つの門丈は“開かずの門”と言って開けられなかった。今でもありますが、それで一番不思議に思う事は“開かずの門”の上に十六の菊が附いている。
御教え集15号

名古屋市金山体育館 御講話 *東方の光というのは私の事なのです(御教え集15号 昭和27年10月18日)(再掲)

その東方の光について今日話そうと思って居りますが、東方の光というのは私の事なのです
大光明世界の建設

大光明世界の建設 「救主と贖罪主」(病貧争絶無の世界を造る観音運動とは何? 昭和十年九月十五日)

贖罪主とは、罪の贖(あがな)い主(ぬし)である。彼のナザレの聖者イエスが、世界万民の、罪の贖いの為に、十字架にかかったのは之であった。之こそ、大いなる贖罪主であった、贖罪とは、罪人の代理又は代表者となって主神に対し奉り、罪の赦しを乞うのである
メシヤ講座

[メシヤ講座]メシヤ様は昭和二十五年二月四日にメシヤの御働きを愈々行使するという事で、この世界救世(メシヤ)教を開教した 2016年3月④(私達の学び目からウロコの内容より)

メシヤ様は昭和二十五年二月四日にメシヤの御働きを愈々行使するという事で、この世界救世(メシヤ)教を開教した
世界メシヤ教とは?

救世主 (世界救世教早わかり 昭和25年11月20日)※再掲

救世主とは何か、いう迄もなく文字通り世を救うべき大使命を負って生れたる大聖者であって、事実は歴史有って以来、未だ顕現したる事のないのは勿論である。之に就て私自身の偽らざる告白を、赤裸々に露呈し、現在私が行いつゝある聖業に就て書いてみようと思うのである。
観音講座

観音講座 第三講座「観世音菩薩の本体」

イエスをキリストでないと言う事を見破った者ありて、あれは偽のキリストであると皇帝に告げた。その者を生かして置いたら非常なる間違いになると言う見地からイエスを磔刑にしたのである。イエスは素盞嗚尊が以前罪を犯した為、黄泉国へやられた。その罪を赦して戴くために大きな功をたてなければならん、その贖罪をなされたのである。それ故イエスは贖罪主である。人類の罪の代表者なのである。人類のお詫びの代行者なのである。