今回の話は、警備会社に出向してから、10年近く経ってから見た夢の話しで、平成12年(2000年)の時の話です。
私は、警備会社の設立に伴って出向することになりましたが、その前に出向していたS機関からの流れだと思いますが、最初から三代教主様の警護担当でした。また出向して間もなく、「警備員指導教育責任者」という資格をいち早く取らせていただき箱根、熱海の聖地の警備を担当するようになってからは、営業所長兼警護担当という立場になりました。
その約10年の間には、いろいろなことがありました。その間、三代の社長の下で働きましたが、全て外部の人でした。明主様の聖地を護る明主様の警備会社でありながら、明主様信仰を持たない人がトップにいる訳ですから、また社員の中にも明主様信仰を持たない人がいる訳ですから、当時の苦労話には、紙面をどんなに割いても足りません。
そんなある夜、夢の中で突然、「五十年 結んで開く 梅の花」という誰かの声が聞こえました。それまでにどんな夢を見ていたのかは覚えていません。その声と同時に、薄暗い部屋の中でしたが、テーブルを挟んだ先の人影の輪郭や雰囲気で、明主様だと即座に理解できました。
しかし、言葉の意味が理解できない私は、「何のことでしょうか。」と質問をしましたが、返答は帰ってきません。再度、「昭和25年の世界救世(メシヤ)教の設立から五十周年と、何か関係があるのでしょうか。」と質問をしました。それでも返答はなく、「まだ分からないのか」という意志だけが、ビシビシと伝わってきます。しばらくの間、私は考えをめぐらし、お互いの沈黙が続きました。そして私は、「もしかして、ポスターのことでしょうか。」と質問をすると、「ようやく分かったか。」という言葉というよりも意志が返ってきました。夢はそこで覚めました。
その当時は、警備員の不注意によるさまざまなトラブルやクレームがあっただけでなく、現場における運用上の問題等で、警備員からの不満が噴出していました。そこで私は、初代社長のころからお世話になっていた大手警備会社が取り組んでいた「ヒューマンエラーゼロ運動」を取り入れることを、社長にも社員にも納得してもらいました。そして、この運動を展開するにあたり全社員の意識を自らの運動へと向かわせるために、運動に関するポスターを募集することにしました。ところが、ほぼ全社員がポスターを提出した為に、その選考作業は難航しました。中々絞り切れずに、第二次選考会を行って、ようやく最優秀作品と優秀作品の選考を終えたばかりでした。
夢から覚めた私は、何であんな言葉が突然聞こえてきたのだろう。その声は明主様のお声ではなかったような気がしますが、お姿は確かに明主様でした。これには意味があるに違いないと思い、朝早くに出勤して、ポスターを点検してみました。そして分かったことは、第一次選考会で選ばれた数が18枚で、これでは多すぎるということで、その中から第二次選考会を行って選ばれたのが5枚だったのです。
この年は、正に昭和25年の世界救世(メシヤ)教設立から50周年の節目の年であり、「五十年」というのは、その節目の年のことを言っていたのだろうと思います。「結んで開く」という言葉の意味は、縦横を結べば十になり、開くとは末広がりの八であるので、第一次選考会で選ばれた18枚のポスターのことを意味していると思います。「梅の花」とは五弁であり、最終選考会で残った5枚のポスターのことを言われたのだと理解しました。何と不思議な夢知らせだったのでしょう。
この夢知らせの中で覚ったことは、どんな問題があったとしても、誠心誠意取り組んでいるつもりの私に対して、「今、あなたがやっていることは、私と共にやっていることなのだから、迷わずに進んでいきなさい。」という励ましの夢知らせだったと思います。それは、「明主様のお出ましです。」という夢と同様に、「あなたには、特別な御用をしてもらっているのだから、一喜一憂することなく、迷うことなく自分の信じる道を進みなさない。それが、私の指し示した道なのだから。分かりましたか。」という慈悲深い明主様のお導きだったと思っています。少し独善的な解釈かも知れませんが、私はそのように受け止めています。
また、「五十年 結んで開く 梅の花」という声が突然聞こえること自体が不思議ですし、その声と同時に、夢の中でテーブルを挟んだ向かいに明主様のお姿を感じるということも不思議でなりません。しかも、夢の中でのやり取りは、言葉ではなくて想念と言うかテレパシーのように、意思疎通がされていたことも不思議でなりません。本当に不思議な夢でした。
今になって思うことは、その当時の私への激励の意味もあったと思いますが、その後も続く波乱万丈の私の人生に対して、「これからも、あなたに対しては、夢うつつのさまざまな現象を通じて、導いていくから心配することはない。私との共同作業なのだから、安心して信じる道を迷いなく進みなさい。」ということを伝える夢だったのではないかと受け止めています。
明主様の夢を見ること自体が、すごく稀なことだと思いますが、今回のようにハッキリとそのお姿を見せられ、しかも言葉ではなく、想念で何度もやり取りするということは、更に稀で貴重な体験だったと思っています。きっとこの時も、私の精神は極限状態に近かったのかも知れません。
一生懸命にやっていると、理屈を超えた不思議なことがあって、助け導いてくれるという体験の一例でした。
by Mr.Right