本教発展の主因 起死回生の御恵み 岡田自観大先生の霊力 (光創刊号 昭和二十四年三月八日)

本教団は去る昭和二十二年八月創立宗教法人の認可を得、それから開教の段取りとなったのであって、爾来一年六ヶ月にして信徒数実に十万を越ゆるのであるから、このような異例の発展は恐らく空前の事であろう。最近新聞雑誌にラジオに、善かれ悪しかれ批判の的となっている事実は日本全国知らぬものはあるまい、この驚くべき発展ぶりこそは、何人といえどもその原因を知らんとする処であろう、因(よ)ってここにその原因中の主要と目すべきものを書いてみよう。

 第一は教主岡田自観先生が発揮する不思議な霊力である、古往今来輩出した幾多の大宗教家、大聖者といえども恐らく表わした事を聞かない処の救の力である、人生の悲運に嘆き、暗黒無明の底に沈淪(ちんりん)していたものが本教の救いによって運命の大転換を来し、幸福者となった人々の数は実に枚挙に遑(いとま)ない程である、斯様(かよう)に病貧争絶無をモットーとする本教団の理想は今現実に現われつつあるのである。

 以上のごとき起死回生的大いなる救いを体験したるものの感謝感激は申す迄もない、貴重なる自己の生命は全く神様から戴くいたものだ、この御恩返しをしなければならない、自分と同じような不幸なものが世間には余りに多い、それ等を一人でも多く救わせて戴きたいと誰しも念願せずにはおられないであろう、この感謝感激が底力となって人の心を動かす以上教線は発展せざるを得ないのである。

 第二は本教に活動しつつあるものの何れもは皆健康者であって、たまたま罹病しても御手のものの浄霊で速かに恢復する、長く罹病しているものなどは殆んどないといってもよい、世間凡ゆる事業において病気の為その任務に影響する処は蓋(けだ)し至大なものがあろう、本教団に限ってその憂いがないという事は実に大なる強みであって、この様な事実は世界中どこを探しても類例はあるまい。

 第三は本教に入信し時日を経るに従い、例外なく貧困が解消する、財物に欠乏するがごとき者などは一人もない、この為本部から生活費を支給さるるものなど極少数の者を除いて全般的には殆んどないのである、そのような裕かさが活動に後顧の憂なからしむるのである、もちろん本教内には金銭上の不正なども皆無といっていい。

 以上の外にも種々の特異性はあるが、それ等は省略する、これを要するに本教の発展の主因は右の記事だけでおよその認識は付くであろう、自観先生が常に唱えらるる事は、本教は実は宗教ではない、未だ曽(か)つて表われた事のない、大いなる救の業である、と言うのが本当であると示されたが、全く宜(むべ)なるかなと思うのである。

 ここで御注意すべき事がある、それは日本観音教団と日本五六七(みろく)教との関係であるが、これは二体同身ともいうべく、なぜ二つに分けたかというと、凡て物には陰陽があり、夫婦があり、経緯(たてよこ)があるごとく、両者長短欠点を補い合い進む事こそ、発展が速かになるのであって、言わば左右の腕ともいえる、これが真理である。

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