HP「御神書」紹介

御教え集30号 昭和二十九年一月三日

 

    誰も知らるるとおり、今年は世界的に大分明かるくなったような気がします。私は 去年の正月の栄光の新年号に「世界夢物語」というのを書きましたが、あれは最初「これからの世界」という題で書いたのですが、出そうと思っている時に、急に「夢物語」をつけなければいけないというようなお知らせがあったわけです。それで「夢物語」としたのですが、やはりあれが夢物語になったわけです。あの時のああいう考えは、スターリンの考えとアイゼンハウワーの計画だったのです。それが私に分ったからああ書いたのです。するとスターリンが死んだために変ったわけです。そこで、スターリンが死んでから間もなく、京都に行きがけに名古屋の中教会で話しましたが、もう共産主義の方は、これからずっと勢いが落ちる。スターリンが居る時とは全然違うという事を言いましたが、これも前に型で神様から知らされていましたからそう言ったのですが、やはりそのとおりに、ソ連のマレンコフのやり方が 大分平和的になって来たのです。余程前のソ連とは不気味さがなくなって来ました。
  柔らかみと言いますか、そういうような点が大いに現われて来たのです。これは非常に結構です。しかしこのまま平和的になるかどうかは甚だ疑問なのです。しかしとに角仮に第三次戦争としても、ああいう大きな戦争は英雄が好むのです。ヒットラーとかナポレオンという英雄です。スターリンなどは一個の英雄だったです。世界制覇( イハ)の野望を抱いていたのですから……。ただやり方が割に派手でなかったのです。
 どっちかというと陰険(インケン)なやり方です。それだけに余計不気味さがあったのです。ですからスターリンが亡くなってからこっちは、その不気味さは一番取れたようです。この正月早々のマレンコフの宣言なども、余程当り前の、国家的ゼスチュアというか、そういう点が大いに見えていたのです。

   世界の情勢はそれとして、救世教も大分明かるくなって来ました。特に今年はいろいろな希望、楽しみが大いにあります。メシヤ会館と水晶殿も秋には出来ますし、それから箱根の美術館も大分充実して来た上に、今年は近代名品展というのを六、七の二カ月やるつもりです。それから八、九、十を浮世絵展覧会にして、これは別館の方でやるつもりです。それから本館の方は桃山展を通してやるつもりです。近代名品展というのは、明治以後のいろんな美術品ですが、これは今まであまり 世間に知られない物が多いのです。隠れていた物です。それで今までは、多くお寺の物とか大名の物とかそういった古くからの物が名品となっていました。明治以後は、 財閥とか成金といつた民間人の方に多く集まったのですが、それが終戦後どうしても出さざるを得なくて出て来た物ですから、あんまり人の目に触れてない物が多いのです。ですから案外人の注目をされるだろうと思ってます。それから浮世絵展覧会は、 去年やった時の中途から後になかなか良い物が集まったのですが、それは出さなかっ たのです。あんまりみんな出してしまうと、来年のお楽しみがなくなってしまいますから、そういう物はとっておいて出さなかったわけです。それで今年は毎日新聞社が 主催で浮世絵展覧会をやりたいというのです。方々から集めるのでなくて、箱根美術館のもののみです。適当な名称をつけるでしょうが、とに角企画は毎日新聞社です。博物館なども手伝うでしょうが、そういうようで、三越の七階の大ホールで、元特別食堂になっていた所です。丁度百五十坪ありますから、随分広いです。大体肉筆を主にしてやります。今まで浮世絵展覧会というと版画が主で、肉筆は殆んど出さなかったくらいですが、今度は肉筆専門ですから、これも初めての企画です。大いに人気を 呼ぶだろうと思います。開催の時も、いろいろあったが、私はどこまでも三月を主張して三月という事になったのです。二月は寒いし、四月はお花見にとられますから、三月が一番よいです。やっぱり、浮世絵というのは春が一番適当してます。寒風吹き荒ぶ時に浮世絵と言っても感じが出ないです。そういうようで、とに角大いに箱根美術館の宣伝にはなるわけです。よく聞いてみると、日本で一番集まっているのは箱根美術館だそうです。ですから日本一になったわけです。これが僅か一年もかからないくらいでした。日本で一番という位に集まったのですから、実に神様のスピード、早業――と言っては、どうも安ッポイ言い方ですが、とに角その早さというのは驚くのです。

     それから熱海の地上天国もだんだん出来て来ましたが、メシヤ会館と水晶殿は秋として、美術館はそれが出来てからかかろうと思ってます。来年は出来上るだろうと思ってます。この美術館は、箱根の倍以上になります。そして凡てが箱根で経験しましたから――あれは初め見本に造るという事になってましたが――今度はいろいろな点 もよく分りました。今度は大いに充実した、新しい、とに角アッとするような物を拵えるつもりです。それで、箱根美術館だけでさえ、近頃アメリカやヨーロッパの人達にも大分知れて来て、現についこの間フランスの大使とポルトガルの公使が是非見た いと言って来たのですが、とに角閉館中で無理だからと言って断りましたが、そういうようなわけで、外人間に大分知れて来たのです。それで、熱海が出来たら一層注目 される事になります。おそらく世界的の話題に上るだろうと思ってま す。それらの事を考えると、とに角神様の早さというのは驚くべきものです。去年来 たアメリカの新聞記者でエリス・グリリという人は、美術評論家でなかなか有名だそうで、世界中の美術館を見て、箱根美術館と比べてみると、イタリヤのヴァチカン宮 殿は、宗教的で美術館になっているので、その点は丁度救世教に似てます。それからフランスのルーヴルと、箱根美術館の、この三つが見た感じが大体同じようだというのです。それで私は驚いたのです。ヴァチカンとかルーヴルというのは世界的に有名な大したものなのです。それと箱根美術館が同じレベルに見られるという事は、随分大したものだと思ったのです。ただ箱根美術館の特長は、美術館に入って美術品を見ながら、窓の外を見ると遠くに山が見える。だから自然美と人工美とであり、又庭はいろんな草木や岩の、自然のものを人間の芸術で巧に表現したという特長は他では見 られないと言って褒めました。その後主人公が来ましたが、この人はNHKの英語放送の主任ですが、その人は熱海の地上天国を見て、実は書くつもりだったが、あまりに雄大なので書けない。しようがないから実地を見よという事だけ書くつもりだと言って、そのくらい驚いてました。その人が言うには、この間も話 したとおり、日本を東西に分けて西の京都・奈良が、古い、西における文化都市だ。

   そうすると箱根・熱海がすっかり出来上ると、東における文化都市という事になる。しかも箱根・熱海は一時間で行けるというくらいに接近しているという事は非常に珍しい。そういうような事を言って絶賛(ゼツサン)してました。ですから熱海の地上天国が出来上ると、とに角世界の注目を引く事になると思います。勿論日本でも今さらのように喫驚して救世教の奴はなかなかなものだ。今まで馬鹿にしていたが、そうでもない。随分うまく儲けやがったと言うかもしれません。何んでもよいから、とに角、普通いろんな新宗教とは違う”“大体岡田という奴は案外腕のある奴だとい うような事になり、一つの岡田を研究する必要があるというような空気になりやしないかと思います。岡田研究という事がいずれ出ます。そうする と、まず奴を研究するには、奴の著書を一通り見なければならないというので、 そうなるとみんなで大いに救世教の本を読むという事になり、そうすると医学や自然栽培の事、大体医学ですが、そういう事がとに角何んとなく分って来ますから、そこで栄光も地上天国なども、一つとって読もうという事になり、これが大変なよい事なので、神様は随分うまくやられると思ってます。この地上天国とか美術館というもの ……安ッポイ言い方ですが、客呼びです。そうして、それによって本当のものを読ませる、頭に入れるというような政策を神様はとられたわけです。そういうようなわけで、これだけの素晴しいものが短期間に出来るという事は、大変な金が要る。そういうような金がどうして集まったかというと、それは命がないような難病が治されるから、感謝のあまりどうしても金をあげる、そういう金が集まってこれだけの ものが出来たのだから、如何に素晴しく病気が治るかという事が分るではないかいうように書きますから、なるほど確かに病気が治るに違いないというその一つの理由になります。そういうようなわけで、箱根は規模が小さいが、熱海は規模が大きいのと、凡ての点において世界中をアットさせるような価値があるわけです。というのは、日本で言えば京都や奈良ほど広くはなく、狭くはあるが、鉛と金……と言ってはあまりに酷いが……銀と金くらいの差があり、こっちは今までに無い、今まで想像もつかないような物を造るのですから、そこに魅力(ミリヨク)があるわけです。それから日光は確かに大したものですが、外国の人はあんまり注目しないのです。又日本でも、どっちかというと大衆向です。芸術眼ではあまり価値がないわけです。ただ金をかけて立派に造ったというだけです。ですからどうしても奈良・京都と箱根・熱海という事になるわけです。ところが奈良・京都は千年以上たってます。京都は平安朝からですから八百年ぐらいたってます。又ヴァチカンにしても、ローマ時代に盛んになったのですから、とに角中世紀以前ですから千年に近いです。東洋では支那の北京城ですが、これも立派には違いないです――私は写真で見ましたが、北京城の全般を写した厚い大きな本があり、よく出来てます。建物は非常に立派なものですが、庭園がないのです。殆んど木がないと言ってもよいです。いずれ私が其処を経営するような事になるでしょうから、そうしたらウンと木を植えるつもりです――それも何百年とたってます。ところが箱根・熱海の地上天国は、まず十年でしょう。
 本当に始めたのは、終戦の明くる年の昭和二十一年頃ですから、再来年になって丁度十年です。その頃には充分完成しますから、そうすると人間が千年かかったものを、こっちは十年で出来るとすると、そのスピードは実に驚くべきものです。そういうわけで、つまり神様の経綸の早さというものには驚きます。

     もう一つは、一昨日ハワイから報告が来ましたが、生誕祭の参拝者が千百人あったそうです。去年の三月に縁もゆかりもない所に樋口さんと安食さんの二人で行って宣伝を始めて、ホノルルに本部が出来たのです。この本部も、五万弗、日本の金にして千八百万円です。それで、修繕をする所があったが、修繕は生誕祭までに出来上らなかったが、どうやら参拝はできるようになった。――すっかり出来上るのは一月の末頃だそうですが――その本部にしてもこっちからは一文も出さずに、みんなハワイで出来た信者さんが奉仕して出来たのです。そういうようで、十カ月間でとに角千百人の参拝者があるくらいだから、如何に早いかという事が分ります。そのくらいの早さ でなければ、とに角私の目の黒い内に地上天国を世界的に、とに角基礎だけを造らなければならないのですから、その割でいっても、決して不可能ではないのです。

 実に神様の早さというものは驚くべきものです。まだ京都とかいろいろ計 画してますが、それが、二十二年八月から宗教法人になって宗教的にやり始めてから、実に僅かの間にこれだけになったという事は、私自身が驚いているのです。なにしろ最初の頃というのは、まるっきり足掛(アシガカ)りもない所に行ってやるのです。考えると、十九年に箱根と熱海を買って来ましたが、最初箱根を買った時には、確か金は六万円ぐらいしか無くて、あとはその時の病気の治った人などがみんな出したので す。それを、今日の事を考えてみると、どうしてこうなったか自分で分らない内に、急になってしまったわけです。しかもその間には随分官憲や言論機関とかの、知ってのとおりのいろいろな迫害があったにかかわらずですから、それがなかったらもっと素晴しかったです。しかしそういう事があってさえこれだけになったという事は実に人間業ではないです。別にそういうように計画してやったわけではなく、ただ神様の御指図……というとお前はこうしろという事になりますが、そういうのではないのです。そういう点についてはいずれ話をしますが、それは随分神秘でいろいろ面白い事があります。そういうようで、この分でゆくと、到底見当がつかないくらいです。
 まだいろんなお知らせと言うか、そういうものがありますが、それは夢のような
話で、本当にできないような話になりますから、本当にできるような程度になってからだんだんに話してゆく方がよいわけです。今年からの御神業の大体の様相は今話したようなわけです。

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