《お伺い》犬がじゃれつき御神体に。
《御垂示》座敷に置いた犬ですか。
《お伺い》隣の時計屋で犬と猫を飼って居り、奥さんについて来た犬がじゃれつき、殆ど分らない程ですが『来』の字にかかっております。
《御垂示》隣の時計屋の人が犬を連れて来たというわけですか。その犬は座敷に住んでいる犬ですか。
《お伺い》座敷に住んで居ります。
《御垂示》それは、見て気がつかないくらいですか。
《お伺い》さようで御座います。
《御垂示》気がつかない位ならそれで良いですが、良くお詫びして浄めれば良いです。それからこの次は犬を一緒に連れて来ない様にという事をよく言って、そうしてもしか連れて来た時は、犬だけ遠慮して貰いたいと頼むのです。だいたい犬は座敷に上がるという事は嘘です。法に外れているのです。犬というのは、土間に居るのですから、土間に置くべきです。しかも神様をお祀りしてある所に四足を入れるという事は大変な御無礼です。信者というものは気がゆるんでいるのです。神様に対する尊敬心を忘れているか、ゆるんでいるかしているのです。だから隙があるわけです。
《お伺い》同じ時計屋で、同業者の関係がありますので、時々見えます為に心配して居ります。明主様に御伺いして来るからと、一時お外しして参りました。
《御垂示》とんでもないです。その考え方というのが、どうかしている。それは一日も一刻も早く御神体を――離せないとか、仕舞えないとか、という観念がなくてはいけないのです。それを御無礼とかなんて言うのは全然問題になりません。もしそう思ったら、そこの家に何か囲いを竹か何かで作って、犬を連れて来た時はそこに入れる。さもなければ犬を連れて来たら断ったらどうですか。私の所は神様をお祀りしてあるので御無礼があっては困るからと言うのが当然です。それで承知しなかったら絶交すれば良いのです。その位の信念がなければ本当に信仰に入っているのではない。あなたもそういう事は良く言い聞かせなさい。そういう事は肝腎な事だから、しっかりしなければいけない。

