世界救世教奇跡集

世界救世教奇跡集

霊光自由無碍 (世界救世教奇蹟集 昭和二十八年九月十日)

御守の光が印画されていたのであるから、驚くべき現象である。次にこのレントゲン撮影が完全に出来ないと職業にありつけない為、神様に御願いした処、今度はチャンと写ったので、希望通りになったということである。これをみても神様の自由無碍な御守護の力の偉大さは言葉にも表わせない
ホーム

この奇蹟をどう見る (世界救世教奇跡集 昭和二十八年九月十日)御蔭話「炭鉱にての奇蹟の数々」

これは炭坑内における危機一髪という一瞬間に、被害を免れたという幾つもの奇蹟であるから、その損害を免れた利益は頗る大きなものであろう。従って全国の炭坑悉くに、一個所につき何人かの本教信者が居るとしたら、恐らく現在蒙っている被害高は何分の一に減るであろうことは断言される
2020.10.10
ホーム

霊と体 (世界救世教奇跡集 昭和二十八年九月十日)

一切万有は霊主体従が原則であるとしたら、本著にある幾多の奇蹟もこの理が分れば敢えて不思議はないのである。例えば危機に際し間髪を容れず難を免れたり、高所から墜ちても疵(キズ)一つ受けず助かったり、博士や大病院から見放された重難症患者でも、難なく治るという事実である。
2020.09.30
ホーム

霊主体従 (世界救世教奇跡集 昭和二十八年九月十日)

現代科学といえば勿論唯物科学であり、唯物科学とは目に見え、手に触る る形あるものを対象として研究し進歩したものであるから、凡ゆる物象の表面だけが或程度判ったに過ぎないのであって、その内面に存在する重要な或物に気附かなかったのである。この或物とは何かというと、これこそ無に等しいもので、名附けて霊という。この霊なるものこそ凡ゆる物象の主体であって、この事の認識が出来ない限り、何程科学が進歩したといっても、それは半分の進歩であり、跛行的でしかない
2020.09.29
ホーム

奇蹟とは何ぞや (世界救世教奇跡集 昭和二十八年九月十日)

我救世教に至っては、奇蹟の多い事は恐らく世界に例があるまい。全く奇蹟の宗教といってよかろう。そうして社会一般の通念からいえば、信仰心が強ければ強い程、奇蹟的現当利益に富むとされているが、その点本教は大いに異っており、寧ろ反対である。というのは最初から神を否定し、何程疑っても必ず奇蹟が起るのである。
ホーム

「世界救世教奇蹟集」 序文 (世奇 昭和二十八年九月十日)

この著は科学に対する原子爆弾であり、現代人に対する啓蒙書であり、天国の福音でもある。今その理論を説くと共に、裏附けとして我救世教に於ける数多くの奇蹟中から、百二十例を選んで載せてあり、これを読むとしたら余りの超現実的なものばかりで、直ちに信ずる事は出来ないであろう。何となれば古往今来これ程素晴しい奇蹟が多数ある例はなかったからである。
ホーム

超奇蹟 (世界救世教奇跡集 昭和二十八年九月十日)

この御蔭話の奇蹟は奇蹟以上の奇蹟であって、恐らくこれ程の超奇蹟は人類史上空前であり、医学関係者は固より、普通人が読んでも只唖然として言葉も出ないであろう。これこそ世界的大問題として取上げてもいいと思うのである。私はこれを読みつつ驚きと共に涙が溢れて来てどうする事もならなかった。若しこれが宗教でなく医学上に起ったとしたら、新聞はデカデカとかき、社会的大きな問題とし、問題になるであろう。処が悲しい哉、これ程偉大なる奇蹟も本教信者以外に知られないとしたら何としても残念である。
タイトルとURLをコピーしました