運命

御教え集15号

御教え *運命/苦しむ様な事はしない(御教え集15号  昭和27年10月7日②)

何か考えてちょっと考えが出ないと、止やめてしまうのです。それをどうしても考え通そうとはしないのです。止めるのです。そうして忘れていると、ある場合にヒョッと気がつくのです。ああこれだという事になる。ですからちょっと考えて良い考えが浮かばないと止よすのです。考えが浮ばないという事は時が来ないのです。それで時が来ると神様の方でヒョッと知らせますから楽なものです。ですから、苦しまないで実にスラスラ順序良くいくのです。とにかくこの味というものは、今までの頭では信じられないのです。ですから私は苦しむ様な事はしないのです
御教え集15号

御教え *日本画/運命(御教え集15号  昭和27年10月6日)

運というものは、霊の曇りと平均するものです。つまり曇りのあるだけは、どうしても苦しみはぶつかって来るのですから、一切は相応の理と言って、すべて何でも食い違いはないのです。人間には、食い違いがある様に見えるのは、つまり人間が上っ面だけを見て判断するからです。仮に一家にどうしても信仰に入らない人があって、その人が反対したりするが、そうすると反対された人の方は、始終やきもきしてますが、そのやきもきする方に曇りがある。その人に曇りが無くなって魂が浄まると、他の人が悩み苦しめる事は出来なくなる。するとその人は信仰に入る事になる。あの畜生、人を酷い目に遭わせやがる、あいつの為にとんでもない事になった、あいつはとんでもない損をさせた。またいくら言っても入らないとか、そういうのはやっぱり御自分を見なければいけない。それはそれだけの曇りがこっちにあるからなのです。それによってこっちの曇りを除ってくれるのです。ですから自分を酷い目に遭わせたり苦しめたりするという人は、自分の曇りを除ってくれているわけです。浄化作用の仕事をやってくれているわけです。そこまで来ると、感謝してもよい事になって来るのです
地上天国

運命は自由に作られる(地上天国41号 昭和27年10月25日)

凡すべての悩み苦しみの因は悉く浄化作用である。譬たとえば人に瞞だまされ損をする、火事で焼ける、怪我や泥棒、家族の不幸、商売上の損や失敗、金の苦しみ、夫婦喧嘩、親子兄弟の仲違なかたがい、親戚知人との争いなど何も彼も浄化作用である。この様に普通浄化作用といえば苦しみで曇りを除るより方法はないから、曇りがあるだけは免まぬがれる事は出来ないので、曇りを減らすのが開運の絶対的条件である。つまり或程度魂が浄まれば、浄化の必要がないから不幸が幸福に変る事になる。之が真理であるから、運は寝て待てではなく、運は浄めて待てというのが本当である。
栄光

現代医学に対する哲学的考察(栄光161号昭和27年6月18日)

二十世紀の今日之が出現したのであるから大問題である。それは言わずと知れた我メシヤ教の生誕であって、今いう幸運の鍵は確実に本教は握っているのである。従って本教が世界に拡がるに従い、病人は漸次減少し、其結果人間の寿齢は百歳以上になるのは当然である
栄光

運命は自由に作れる (栄光145号 昭和27年2月27日)

私は運命は誰でも、自由自在に変えられるという事を教えようと思う。というのは元来運命は人間が作るように出来ているもので、この真相が分ったなら、このの世の中は悲観処か大いに楽観していいのである。
御教え集6号

*蛇の霊/神様から頂いた命(御教え集6号昭和27年1月17日③)

少し良くなったら、できる丈人助けをするんですね。浄霊して人の病気を治すと――そうするとずっと早く治りますよ。それによって、蛇も救われていきますからね。
御垂示録3号

*御守護御礼/家/赤ん坊/仏壇 (御垂示録3号 昭和26年10月8日⑬)

家が三角なのはいけないのでしょうか。
教えの光

自由主義の本義『教えの光』(2.天文、地文、易学、人事等の問題)昭和二十六年五月二十日

人は自分をよく見極めなくてはならない。人間は調子よくゆくと慢心をする結果、運命を破るのである
教えの光

易学の将来、生年月は運勢・性格に影響するか等『教えの光』(2.天文、地文、易学、人事等の問題)昭和二十六年五月二十日

名前で運命が決まるとは言えない。大いに影響はあるが絶対ではない。善(よ)い名のつくのも悪い名のつくのも、その人の運勢によるのである。私など頼まれても、すらすらとつけられる時と、つけられない時がある。
対談

実談・虚談神がかりな話 日置昌一氏との対談続き (昭和二十七年十月二十五日) <サンデー毎日 昭和二十八年六月七日号>

いままで右か左に片寄った。片寄るということは左が縦、右は横。そこで、これを組合せなければならない。その組合せる時期にまだ来てないが、組合せて、はじめて本当の大思想が生れるわけだ。それが生れて、はじめて世界国家ができる。
信仰雑話

運命と自由主義 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

運命は限定された或枠内の中は自由自在で、その人の努力次第で、枠内の最上位に迄は到達なし得ると共に、その反対であれば下位に転落するのである。