岡田茂吉 家相方位 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日) | 岡田茂吉を学ぶ

家相方位 (信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)

私は家相方位に就てよく質問されるから、大略を書いてみるが、人間には人相とい う事がある如く、家にも家相があるのは当然であろう。人間も人相の善し悪しによって運不運に大関係のある如く、家相も善い悪いによって運不運に影響するのである。 私の説く家相は易者等のいうのとは相当相違点があるが、之は私は誰からも教えられたものではない。自分の霊感と経験によるものである事を断っておく。

世間一般の家相見が鬼門の方角を重要視する事は、私も同様である。只私の方との解釈が異うのである。抑々(ソモソモ)鬼門とは、艮(ウシトラ)即ち東と北との間であるが、此方角に限って何故重要であるかというと、此方角からは頗る清浄な霊気が流れて来る。昔から鬼門を汚してはいけないという所以である。例へば便所、浴室、台所、出入口等があると、それ等から発する汚濁せる霊気が、鬼門よりの霊気を汚すからで、其結果として病魔や禍いの原因である邪神悪霊が跳梁(チョウリョウ)する事になるからである。故に艮から流れ来る霊気はより清浄に保たせなければならない。此意味に於てもし出来得れば、艮の方角に小庭を作り、それへ雄松雌松を植え得れば理想的である。

次に裏鬼門であるが、勿論艮の反対で、坤(ヒツジサル)即ち西南の間である。之は物質が流れ来るという福分の霊気であるから、より富貴を望む上に於て重要である。それには先づ 石と水を配するのがよい。例へば小さくとも池を掘り、石をあしらうといふ風にするのである。

次に、入口は辰巳即ち東と南の間が良い。そうして門を入って玄関に到るまで、漸次高くなるのが最もよく、凡て家の位置は坂の中途又は坂の下、往来より低いのはあまり感心出来ないから、斯ういふ家は長く住む事は面白くない。然し高所といっても その附近からみて比較的高ければ可いので、相当離れた所に山や高山があっても差支へはない。又玄関が門から入って後戻りする位置はよくない。門から突当り、左右孰(イズ)れか横の方にある玄関がよい。又玄関を入り、突当りが突抜けになってゐるのも良くない。之は運勢が止まらず、行過ぎる意味になる。又奥の主人の間へ行く迄に二三段高くなってゐるのは最も良い。

家相を見るに当って、磁石を置く場所が正しくなくてはならない。然るに多くの家相見は家を基本とし、家の中心から方位を計るが、之は非常な間違ひである。抑々家 とは人間の為の家であって、家の為の人間ではない、人間が主で家は従である。家を 建てるも壊すも主人の意のままであるからである。従而(シタガッテ)家は主人が中心で、主人の安住所、即ち寝床がそれであるから、寝床を中心に方位を計るべきである。そうして家 の形は大体に於て凹(クボ)みのある形はよくない、所々出張る個所があるのがよい。又鶴翼の陣といって玄関から両方へ棟が長く出る、これも良いのである。

次に畳数であるが、十畳は火水又は結びの間といひ主人の居間に適し、八畳は火の間で、火は上位であるから之も主人の居間によく、六畳と三畳は水の間であるから、 妻女の居間によく、すべて畳数は偶数がよく四畳半、七畳九畳等は不可である。故にそういう畳数の場合は板の間を混ぜて偶数にすればよいのである。又床の間は向って 右、違棚は左が原則であるが、入口の関係上其反対でも差閊えはない。床のない部屋 なら、入口より離れたる処ほど良く、入口に接近したり、後戻りして床に面する形は最も不可である。

洋間は二階は面白くないから下に作るべきである。それは洋間は靴穿きであるから 道路と同じ意味になり、上下逆になるからである。

次に方位であるが、何歳の年齢は何の方角が良いなどというが、之はあまり意味がない。よく鬼門への引越しは悪いというが、之は反対である。前述の如く鬼門は清浄な霊気に向うのであるから極めて良いのであるが、茲に問題がある。それは鬼門に移住する場合、その人の業務や行為が正しくなければならない。何となれば鬼門の霊気は浄化力が強いから、邪念や不正行為のある場合浄化の為苦痛が早く来るからであ る。今日迄の人間は邪念や不正業務等の人が多い為それを悚(オソ)れ、鬼門を嫌う事になっ たのである。

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