日本画

御教え集15号

御教え *日本画/運命(御教え集15号  昭和27年10月6日)

運というものは、霊の曇りと平均するものです。つまり曇りのあるだけは、どうしても苦しみはぶつかって来るのですから、一切は相応の理と言って、すべて何でも食い違いはないのです。人間には、食い違いがある様に見えるのは、つまり人間が上っ面だけを見て判断するからです。仮に一家にどうしても信仰に入らない人があって、その人が反対したりするが、そうすると反対された人の方は、始終やきもきしてますが、そのやきもきする方に曇りがある。その人に曇りが無くなって魂が浄まると、他の人が悩み苦しめる事は出来なくなる。するとその人は信仰に入る事になる。あの畜生、人を酷い目に遭わせやがる、あいつの為にとんでもない事になった、あいつはとんでもない損をさせた。またいくら言っても入らないとか、そういうのはやっぱり御自分を見なければいけない。それはそれだけの曇りがこっちにあるからなのです。それによってこっちの曇りを除ってくれるのです。ですから自分を酷い目に遭わせたり苦しめたりするという人は、自分の曇りを除ってくれているわけです。浄化作用の仕事をやってくれているわけです。そこまで来ると、感謝してもよい事になって来るのです
御教え集15号

御教え *メシヤ教/『アメリカを救う』/日本画(御教え集15号 昭和27年10月5日①) 

今薬が毒だとか医者が病気を作るとか言うのも、小さな内に言うと、やっぱり頭が変だ、そんなものに触れる事は出来ない、という事になります。ところが相当の勢力が出来てから言えば、なるほどそれはそうかもしれないという様に、受け取り方が真面目に、要するに軽蔑的の考えでないわけです。本当にあれだけ大きくやっているのだから、やっぱりそれだけの理屈があるだろうという見方になって来るし、それが大変なものです。大変な違いです。
栄光

東洋美術雑観(1) (栄光166号 昭和27年7月23日)

そこで一般的に見て興味もあり、一通りの鑑賞眼を得られればいいという程度にかいたつもりであるから、之から美術の門に入ろうとする人の参考になるとしたら幸いである。
御垂示録11号

御教え *美術品(御垂示録11号昭和27年7月1日①) 

支那陶器を褒める人は確かです。他の人は分からないんです。けれどもあれ程分かっていても青磁は分からないです。青磁というのは難しいです。日本に青磁の分かる人はないです。みんな意見が違います
第五篇『自観随談』

日本美術とその将来  一、絵画 (自観叢書第五篇 『自観随談』昭和24年8月30日) 

日本画の現在は危機に臨んでいると言ってもよかろう。事実容易ならぬ事態に直面している事は、斯道に関心を持つものの一致した見解であら