御講話 御講和「一厘の種」(昭和二十五年八月一日)(再掲) 地方的、国家的のものは争いの元になる。最初から世界的考えでなくてはならぬ。凡ゆるものは世界的、大乗的になってゐる。国家的考えはすでに時代的ズレを生ずる。 御講話
御教え集 *“世界を救う聖者が八人目に出る”(御教え集33号 昭和29年4月7日②) 迦が七のミロクになるのです。釈迦は何処までも「七」の数字で支配される人です。だからつまり「地」は「七」ですからして、地のミロクです。私は伊都能売ですから「八」になるのです。伊都能売というのは、数で言うと「五」「三」ですから「八」になるのです。そして「八」という数字は富士山になるわけです。 御教え集数字
大経綸 御教え *法難→散花結実(御教え集18号 昭和28年1月2日①) 丁度覆い被さった黒雲が晴れるという様な気持がします。しかし今度は神様の方から言うとそれが必要だったのです。これは一昨二十五年に散花結実という事を言いましたが、あれで花が散ったわけです。ですから検察庁の役目は、つまり低気圧の役目をしたわけです。 ホーム大経綸御教え集18号法難
御教え集18号 御教え *裁判/散花結実/箱根美術館(御教え集18号 昭和28年1月2日) 富士山を一名昔から「八スの山」と言うのです。「八が統(ス)べる」というわけです。それで「八」は「五三」ですから伊都能売にもなります。そういう様な訳で、これは日本の将来のあり方を表わしているのです。(中略)そういう様でミロクが開けるという、それが二十八年からになります。それで丁度救世教の経綸も凡てそういう形になりつつあります 御教え集18号