岡田茂吉 霊視日記(二) 五三中教会  茨木よし子 『栄光』180号、昭和27(1952)年10月29日発行 | 岡田茂吉を学ぶ

霊視日記(二) 五三中教会  茨木よし子 『栄光』180号、昭和27(1952)年10月29日発行

八月二十四日 私の家より四キロ程離れています豊岡の町へお使いに行き、用事を終えての帰路丁度中間程のあたりで頭部が浄化し、堪らなくなり思わず手を頸に当て御浄霊しようとして胸のお守のないのにはっとする。ああ家を出る折下着を替える時御神前にお預けいたしてそのままにしていた。明主様にお詫び申し上げ、“どうか、こゝまで御守護下さいませ”とお念じしながら御浄霊をしていますと、私のお守様が家の御神前にさっと現われ、外袋の蓋が素早く開き中から素晴しい勢で白光が矢の如く走り出私の頭上にかざす手許までまいったと思うと、ぢりぢりと身体に感じ出しましたその光の速度は見事なものでした。秒速十五米位の速さはありました。約十分程で御守護を戴きました。それと同時にお光はさっと消えてしまいました。

八月二十七日 御神前に祝詞奏上するやどす黒い海が見る見るうちに現われ、海面より龍が静かに浮き上ってまいりました。
 善言讃詞を奏上するやどこかの祭典の模様が現われ出し、その光景は実に美しい。紅白の布が柱と云う柱にまきつけてあり、周囲には色とりどりの花かんざしの様な美しいびらびらが飾りつけてあり、お籠を運ばれる様が見える。祭典の仮の会場の様なところに人が参集している。綺麗な花提灯のびらびらも飾り付けてある。会場の前の方には緞子(どんす)の薄茶色の軸物が何れも並んで実に立派なところである。何時もと同じく支部長さんのお話しになり、信仰雑話の神と仏の拝読始まるや紫、黄、白色とりどりの衣を着られた坊さん達が沢山この室にいらっしゃって拝聴なさる様が見えました。

八月二十八日 祝詞奏上するや潮水(石、岩の沢山見える、美しい絵の様なところ)より静かに龍が浮き上って来る。陸地では竹薮の中で焦茶色の馬とも何とも云いようのつかぬ動物で頭が五つ六つあるもので、その頭が色々の物を食べているが、しばらくして食べ終ってしまい頭が一つになってことんと寝てしまう変なものが見えました。善言讃詞奏上するや、私が嘗つて見た事の無い様な大きな薄青色した晴々しい建物が見えかけ、その建物の天井は出来上っている。豪奢なものである。その中を労働者達が上下して色々の物を運んで働いていらっしゃる大建設の様が目に映りました。大きな釜に白い甘酒が一ぱい出来上っている。(この奉仕者たちの御馳走でしょう)次には大きな鳥居が見えて来て神社が見えて大勢の人出で随分にぎやかである。

八月三十一日 早朝教会にて小学校の女の子の御浄霊をしていますと(この子供は尿毒が左の目にきて眼球がうるんで魚の死んだ目の様になっている)この子の傍には中年の婦人にて左目を病み、とても苦しみながら寝ている姿が霊視出来ました。この目はくさって膿がじくじく垂れ下っています。こんなお方がこの女の子にすがっていらっしゃるのです。二、三日御浄霊をおこたればすぐ元の様に悪化してしまうのです。この様が誰にでも見えたなら、特に医師の目に見えたならびっくりなさるだろうと思いました。

八月三十一日 この頃私が背中を御浄霊いただいていますと、私の一米程前方に私と同じ輪廓の薄黄色が見え、光の放射能が施術者の想念のまゝに通り抜ける様がはっきりと見えます。実に尊いものである。
 又静かな朝等御浄霊をいたゞいていますと、施術者の背後から明主様が直接御浄霊下さるお姿がいつ迄もいつまでもはっきりと霊視出来ます。有難くてもったいなくて感涙にむせぴます。以前は限られたお方だけにしか霊視出来ませんでしたが、最近では古いお方にはたいてい明主様を背後にいたゞき御浄霊下さる様です(その人その人信仰の厚い薄いにより、明主様のお姿が薄くこく、はっきりと、いきいきと、と云う様に変化があります)施術者にして自我と執着を取り除き正しい明主様の取次者になれば、その間は主の神の代行者である。近頃光が強くなった事想念の世界のいかにはっきりしたものである事を手に取る如く勉増させていたゞきます。身も魂も水晶の様にならねば生存を許されない時期は必ず来るものと存じます。

九月一日 お昼過ぎ女代大神宮に参拝致します途中先日参拝致しました時の女神が一町程離れた所からお迎え下さる姿が見えます。拝殿にぬかづき天津祝詞を奏上するや、最早この御社には女神は拝せません様でした。官主さんと官主さんの奥さんが見えます。両方とも薄青地に朱の細模様のある召し物の姿である。官主さんは玉串奉奠やお供え物をなされる。社の境内には現界と同じ様に氏子達が数限りなく参拝しています。暫く致しますと拝殿の正面で一段と高いところに椅子にかけられ、立派な金欄のお召し物に右手には金色の棒の様なものをつかれ、それを絶えず動かしていらっしゃる白いあご髯をはやし、年を召された立流な神様が見えます。よく絵本等についている王様の様である。先日の子供さんは婆やに守りしてもらい、赤いゴム風船をもって遊んでいらっしゃる状が見えました。

九月三日 八月二十五日にいたゞいた明主様の御写真をいよいよ本日お祭り致しました。この御写真の働は実に尊いものである。
一、明主様のお写真のお顔の周囲からは種々様々のお働きをなさる沢山の神々が拝され、千手観音様のお働きをなさり、生て活動されています。たゞの写真ではありません。
二、お写真をかゝげて祝詞を奏上していますと、紫地に白の二つ巴の右廻りの紋(明主様の羽織の御紋)のついた、ふちは金のびらびらの房のついた旗がはっきりといつまでもいつまでも見えました。こんなお旗が出来るのかしらと思いました。
三、綺麗なお家にて美しい黄金の花で装飾されつゝまれた中で、沢山の人々がゆうゆうとしている場面が見えました。近く来たる未来の世界の様です。
四、御神書を拝読していますと、その読む声の中で時々明主様の肉声に変る事がありました。こんな時はとてもうれしいです。嬉しくて嬉しくてお腹がふくれる様です。

九月七日 御神前にて御浄霊をいたゞいていますと綺麗なぼんぼり、緑の葉、白い花、白い提灯がぶらさげてあるとても美しい光景が目にうつる。そして御神前の前に大きなカトリック教会の部屋の中が見え、沢山の信者が椅子に腰かけていらっしゃる。その内の一人の米国の婦人(若そうな方)がベールを冠り十字をつけた姿にてお祈をされている。こうしたすがすがしい様が目にうつる。やがてクリスチャンもメシヤ様におすがり致す日が来るのでありましょう。

九月七日 御仏前を礼拝致しますと三列に五、六人づつ整列された先祖様がうやうやしく私たちに挨拶に出られました。私も答礼致しました。善言讃詞を奏上致しますと、一つの薄い幕がさっと開きその中には何万と云う人で一ぱいである。その傍にはとうとうと流れる綺麗な小川、ぴちぴちと岸辺には魚がとぴ上る様、水はコバルト色をして白いしぶきを立てゝいる。美しい夢の世界の様に移り変って行きます。恍惚として気分がよくなって来る。又大きな広間には美しい晴着を着た男女がぎっしり詰ってお行儀よくお話を聞いていらっしゃる。何か見ていらっしゃる。場面が一変してイブニングドレスの様な軽いふわふわした服装の乙女達が五六百人も集合していられる。その華やかな場面に大入道の様な怪物が現われて来たのであわてゝ逃げてしまわれました。大変惜しい事でした。きっときれいな御遊戯でも始るところでしたのでしょう。そしておつとめが終りかけますと最後は限られた祖霊さんの挨拶が見え、それが段々薄くぼんやりして見えなくなりました。おつとめ終って御神書を拝読されるや、上はガラスばりで皎々としていて下は水蓮の池の美しい自然色につゝまれたところが目にうつる。池のすぐ上には色々のカズラの棚が見える。こんな楽しい所で一日中遊びたいと思いました。
 場面が変り私達五、六人がいるこの部屋には黒山の様に数限りない人が、話を聞きにやって来ておられる。その姿は現界と異り実に行儀よく静粛に聞かれる状には驚きました。以上の様な自然な光景は美術館で拝観致しました絵巻物の様で、とても立派な色彩、物の調和といゝいかなる絵かきでも表現出来ない様なものである。霊写真でも撮って見せたい様である。

九月十三日 大黒様のお祭をしていますと沢山の武士達皆々刀を腰にさしてでていらっしゃる。つゞいて沢山の坊さんが現われ御神前に集って来られる。中には浄化にてたおれるお方も見受けられます。

九月十七日 信者の胸のお守様の光の放射が胸からひざを通り畳の上に巾三糎位の黄色のお光になって一間余りも見えました。九月十二日御神前にて仏界が霊界ではなくなると云う話を聞いていますと、明治天皇と照憲皇太后陛下が御神前に現われ、じっとお聞きなされる姿が暫く続きました。そして金色の鳥がばたばたと道案内をして来る所は真珠の玉の花輪、まがたまの財宝のあるお部屋で目がさめる程美しいのです。

九月十八日 御例祭をしていたゞくと、高き所低き所それぞれの段階の場所に何万と数知れない信者達が右手をさしのべている姿は実に尊い、高所にて明主様が帽子をふり答礼下さる様が目にうつる。御仏前のおつとめ善言讃詞を奏上するや、黒い位牌がさっと現われ、その周囲には少ないので二、三十人、多いので五、六十人もいらっしゃるでしょう。とても立派に並んでお聞きになる姿が目にうつる。中でも先組代々の霊位のいはいが一番多くいらっしゃいました。今晩の大黒様はつちをあちらこちらに振られ、ほしがって手を出す者が一杯ですが、いろいろあやつられ自由自在にもてあそばれる様が目につき一番おとなしい人に渡されました。欲助には下さらないようです。以上明主様第二回の霊視日記の報告をさせていたゞきました。この他にまだ二、三すばらしいものがありましたが次の報告におまわし致します。明主様の御神書は実に尊いです明主様のお書き下さる文字からは光がさんさんと出ています。一つでも多く求めて身魂を清めていたゞき度く存じます。薬毒多量の為この頃(毎年)三時間おき位に胃、腹、背から頭部の激痛の御浄化をいたゞき涙が出ます。薬とはこんなに苦痛の原料であるかと思わず苦笑致します。明主様どうか使命が果されます様に御浄化の御守護をお願い申します。常々の御守護有難う御座居ます。この度の祭典に参加致し、その会場の霊視が致したかったのですが学校があるので致し方なく残念に思います。十二月のお休みにはお礼参りにまいりたく存じます。そのうち珍らしいものがありましたら御報告申し上げます。


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