病気

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   『文明の創造』科学篇「人間と病気」(昭和二十七年) 

近代医学に於ては、病原の殆どは細菌とされている。従って細菌の伝染さえ防げば病に罹(カカ)らないとする建前になっているが、只それ丈では甚だ浅薄であって、どうしても細菌というものの実体が、明確に判らなければならないのである。というのは仮令(タトエ)黴菌(バイキン)と雖(イエド)も、何等かの理由によって、何処からか発生されたものである以上、其の根本迄突止め、把握しなければ意味をなさない訳である
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地上天国30号 教えの光 (温泉)昭和二十六年十一月二十五日

浄化促進ではない、反つて浄化停止である。温泉の湯によつては硫黄分が多い場合、皮膚から滲透して新陳代謝を停止する事と、病人などはそれによつて浄化作用を極度に停止するので、中毒や人によつては生命迄も危うくなる事がある
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病気の真因 (天国の福音 昭和二十二年二月五日)

凡そ人間が此世に生を享くるや、遺伝黴毒や最初に述べた天然痘毒素が主なるものとして種々の毒素を保有してゐる事は前項に述べた通りである。そうして之等の毒素の支障によって健康が完全に保持出来得ないから、生理的に体外に排泄せらるべく、断えず自然浄化作用が行はれるやう造られてゐるのが人体である。然し乍ら自然浄化作用が行はれる場合或程度の苦痛が伴ふので、その苦痛過程を称して病気といふのである。
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御講話 昭和10(1935)年9月21日 (玉川の因縁、『観音運動』、彼岸、健康の根本)

心臓が絶えず霊気を吸収して血がきれいになる。これが本当の心臓の働きおよび霊気で、いままで未発見のものだったが、今度私が発見した。  要するに霊気が一番重要な役目になっている。要するに、観音力の療法は霊気療法で
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十、 恐怖心鼓吹の衛生学と黴菌の必要 ( 日本医術講義録 第一篇 昭和十年)

 凡そ、此世に在りとあらゆる物は、人類生活に対し、無益な物は一つもないのである。人間が今日迄の経験や学問により解釈して以て、有害だとか無益だとか決める丈であって、人類生活を向上させ、進歩発展を宰(ツカサド)り給ふ、神の御心に依らなければ、真実の意義は決して解らないのである
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『文明の創造』科学篇 「自然を尊重せよ」 (文創 昭和二十七年)

医学特に結核患者に対しては、安静を最も重要とされてゐるが、之は前にも述べた如く大変な間違ひである。ではどうするのが一番いいかといふと、何よりも自然である。自然とは自分の身体を拘束する事なく、無理のないやう気儘(きまま)にする事である
2020.03.04
大経綸

黴菌の発生  (結核信仰療法 昭和二十七年十二月一日)

  茲で一体人間の霊なるものは、何であるかというと、科学的に言えば非常に密度が高く超稀薄なものであって、現在進歩した原子顕微鏡でも、到底見る事は出来ない程の超々極微粒子であるにも拘わらず、之こそ前記の如く人間の本体であるから、全く想像もつかない程の神秘幽幻なものである。此理によって病原の最初は此霊の全部又は一部に曇りが発生する
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黴菌人間  (栄百八十三号  昭和二十七年十一月十九日)

現代人が最も怖れているのは、病原としての黴菌であろう。では一体黴菌なるものの発生は、何が為であるかというと、全く人間の健康上必要なものであるばかりか、それを作るのが人間自身であるから、驚かざるを得ないのである

『文明の創造』科学篇「肺患と薬毒」 ( 昭和二十七年)

三期結核は薬毒病と言ってもいい位で、斯ういう患者を私はよく治療したが、その目的は薬毒を除るだけである。何よりも薬毒が減るに従って、漸次恢復するに見て明らかである。但し此の薬物を除る方法こそ私の発見した浄霊法である。
2020.02.12
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『文明の創造』科学篇 「肺炎と結核」(昭和二十七年)

抑々肺炎と結核という病気の初因は、勿論感冒からである。というのは前項に述べた如く、折角感冒という浄化作用が発生するや、医療は極力停止させようとして、種々の手段を行う。之も既に述べた通りである
2020.02.12
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『文明の創造』科学篇 病気とは何ぞや「寒冒」 (昭和二十七年)    

毒素排泄作用の苦痛が病気であるとしたら、病気こそ浄血作用であり、健康上最も必要なもので、神の恩恵中最大なものと言うべきである。故に若し人類から、病気を取除いたとしたら、人間は漸次弱って、遂には滅亡に到るかも知れないのである。
2020.02.11
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