信仰

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御光話録 昭和二十三年八月二十八日(竜神系など)奥付不明

自分の我があると神様から教えてもらえる智慧をふさいで了って頂けないのです。ですから素直になる事です。世間には自分より偉い人の言葉はよく聞くが、下の人の言ふ事は聞かないといふ人が多いがそれが我なんです。下の人の言ふことを聞く事が雅量です
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御垂示録4号 昭和二十六年十一月一日 (一番大きい事は世界人類を助けると言う事)

小乗でスースーいくのは危ぶないんです。大乗と言うと――何うかと言うと、仮にこの人を助けると言う場合に、人間の力は限度があるから、両方助ける事が出来ない。較べてみて、どつちが大きいか考える。一番大きい事は世界人類を助けると言う事です。それで良くなれば、決して間違いはない。
2020.04.19
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伊都能売の身魂  (地上天国三十五号  昭和二十七年四月二十五日) 

信仰上の争いもよく検討してみると、ヤハリ小乗と大乗、即ち感情と理性との相違からである。だから其場合、経の棒を半分短かくし、緯の棒も半分縮めれば一致するから、円満に解決出来るのである
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大乗と小乗  (栄光八十一号  昭和二十五年十二月六日) 

十字の真中に心をおくとすれば、千変万化融通無碍の働きが出来るのである。即ち心魂を中心におく時はいとも小さいが、一度経緯へ拡がれば如何程でも大きくなる。そうして経の働きは厳として犯すべからざる父の如く、緯の働きは自由自在で春の如く、何人も懐かしむ母の如くでなければならない。
2020.03.24
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御教え集31号 昭和二十九年二月四日 立春祭御教え (人間が善とか悪とか決めるのは大変な間違い)

人間、特に信者は、善とか悪とか決める事は大変間違っているのです。又分るものではないのです。ただ、自分が良いと思う事をして居ればそれで良いので、人が善いとか悪いとか言う、それが一番危険なわけです。なにしろ世界人類を救うというのですから、開闢(カイビヤク)以来ない大きな仕事なのです。お筆先に「大きな器には大きな影がさす。だから器が大きくなければ神の仕事はできんぞよ」というのがあります
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御光話録 昭和二十三年九月十八日  奥付不明 <東西文化の融合する所が日本>

マッカーサー元帥の書簡の中に「東西文化の融合する所が日本である」とあったがその通りです。皆が附けてゐるバッヂの真中の赤は日本を表しそこで縦と横が合一してゐる形を表してゐるのです。
2020.02.26
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御講話 昭和10(1935)年8月11日 〈信仰の妙諦はここだけ〉

陽気の不順なのは人間の心が不順で、変動が激しければ人間の心の変動が激しい。それがそっくりそのまま天気に出る。人の悪口を言ったり、悪いことを言ったりすると霊界が曇る。ある程度曇ると掃除されなければならぬ一つの法則ができている。従ってそれは風によって吹き払い、あるいは大雨によって水で流し、火によって浄化したりされる。もしそれが浄化されなかったら、ある程度まで人間は弱る。従って人類は栄えない。衰亡する
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御講話 昭和10(1935)年8月1日

伊都能売に至って本当に人間としての行いができる。今日文化とか文明とかいうけれど、実はまだまだ四ツ足から離れていない。いまの人間は警察や軍隊などなかったら、どうなるでしょう。泥棒、強盗、殺人などで、とうてい生きて行かれぬ。そこを考えると、まだ人間でない。サーベルだの捕縄のようなもので取り巻かれていなかったら、悪いことをする。それが怖さに悪いことをしない状態で、みんな本当でない。
2020.02.20
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病気の原因と罪穢 『新日本医術書』昭和11(1936)年執筆

病気の原因は、汚血及び水膿の溜結であり、その汚血と水膿は精霊の曇の移写であるという事は、既に述べた通りであるが、しからば、その曇はいずれから発生流転して来たかというと、それが罪穢なのである。しかして、罪穢にも二種あって、先天的と後天的とのそれである。
2020.01.25
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御光話録 昭和二十三年八月十八日 (信仰の小学校、中学校、大学)

“来月「信仰雑話」を出版するが信仰のない人でも判る様に書いてある。在来の宗教は宗教一点張りで外の事は説かなかったが、私のは千手観音式でいろんなものに手を出すのです
2020.04.01
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御教え集18号 昭和二十八年一月三日⑤(霊界→言霊→物質) 

凡て順序というものは最初は頭の中です。これは霊界に出来るのです。それでこれを、こうしろああしろという言霊に出て、それから本当に物質が現われる、という順序です。それで今は頭の中の霊界では設計が出来てます。それで四月に行って、今度は言霊の設計をやるのです。そこで言霊というものは非常に重要なものです。それは誰がやる事でもそうです
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御講話 昭和10(1935)年7月1日

いろんなことが間違いだらけなことがたくさんある。そういうことをたくさん知らせ、目をさまし、たしかな真理を行なう。あるいは本当のこと、本当の信仰、本当の生活ということの標準を示さなければならぬと思うのであります。
大経綸

御講話 昭和10年5月1日

病気の原因は一つですから、その病気の原因というのは罪穢であります。それで、その罪穢を除(と)る機械ができれば、病気はみんな治るのであります。治す方法は一つなのであります。その人の弱い所へ罪穢が溜まり病気になるのですから、その罪穢を除る薬なり、機械ができればよいのであります。それは、薬や機械では除れぬ
2019.12.02
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御講話 昭和10年4月11日

なにが人間は結構であるかというと、まずなによりかより第一番に健康であることは、いつもお話することであります。たとえ、いかなる結構な宗教や救いが出ようとも、人間を健康にする力がなかったら、決して結構な宗教でも救いでもない。
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御講話 昭和10(1935)年2月11日

観音会の仕事は、人間の心の岩戸を開ければ、世界中開かれるのであります。宇都売之命(うづめのみこと)が踊って神々様を笑わせますが、観音会には笑いが必要なのであります。なぜかと申しますと、議論や説教では岩戸は開けません。笑いはにこやかであります。笑い合うようでなければ心の岩戸は開けません。議論や小言では逆に岩戸がしまってしまいます。
2020.02.18
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話上手より聞上手 ( 光明世界二号 昭和十年三月四日)

次に相対する場合何処までも先方を上座にコチラは下座にゆかなければ駄目だ。処が往々先生と言はれるようになるとブリたがるもので此の点大いに注意すべきであ
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感じの良い人 (栄257号 昭和29年4月21日)

凡そ感じが良いという言葉程、感じの良い響きを与えるものはあるまい。処がよく 考えてみると、処世上これが案外重要である事である。それは個人の運命は固より、社会上至大な関係があるのである。例えば誰しも感じのいい人に接すると、その人も感じが良くなり、次から次へと拡がってゆくとしたら、心地よい社会が出来るのは勿論である
2019.08.17
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優しさと奥床しさ (栄七十五号 昭和二十五年十月二十五日)

凡そ現代の人間を観る時、最も欠除してゐるものは、優しさと奥床しさであらう。 先づ茲では本教を主としてかいてみるが、例えば自分の信仰がどれ程進み、身魂がどの位磨けたかを知るには一の標準があって、これは左程難しい事ではない、何よりも人と争う事を好まなくなり、優しさが湧き奥床しさが現はれる、斯ういう心と態度 になるこそ磨けたとみてよく、此点最も信仰の価値を見出すのである
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